ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

マイケル・ジャクソンの、幻のロンドン公演の リハーサルを収録したドキュメンタリー、『THIS IS IT』を観た。

2時間近い上映中、泣きっぱなしだった。
一緒に見た友人も、目を真っ赤にして泣きはらしている。

マイケル極東の田舎の映画館で、ババァが二人、泣きじゃくっていた事など、天国のマイケルは知らないだろう。

まず冒頭の、オーディションに受かったダンサーたちの、「マイケルと同じ舞台に立てるなんて夢のよう」と興奮しきったインタビュー映像で、うるうるし、その後、彼の完璧すぎるパフォーマンスに涙腺崩壊してしまった。

ああマイケルに謝りたい。

マスコミのくだらない報道に踊らされ、「彼は壊れてしまった」だの「ロンドン公演で醜態をさらさなくて良かったかも」など、神をも恐れる暴言を吐いてしまったことを・・・・。できるなら土下座をして許しを乞いたい。

彼のボーカルもダンスも健在だ。
自分の息子、娘のような年齢の実力派ダンサーたちを従え、昔とほぼ変わらないパフォーマンスを見せる。これは奇跡に近い。

50歳の彼は、そのために、どれだけ血のにじむような努力を続けたことだろう。

一生忘れない才能と努力、そして音楽や舞台に対する熱い思い、この三つがなければ成し遂げられなかったはずだ。

さて、リハーサルの間、彼はしょっちゅうダンサーやミュージシャン、スタッフに指示出し、ダメ出しをする。

その妥協のなさ、細やかさは、まるで黒沢明監督のようだが、しゃべり方は少女のように、か細く弱く、甘えん坊みたいだ。

そして憧れのマイケル・ジャクソンと一緒に仕事が出来ることに、大きな喜びを見出し、観客に最高のパフォーマンスを見せるため一丸となって頑張るダンサーやスタッフたち。

彼らの笑顔がとても切ない。

ああ、この『THIS IS IT』が単なる特典映像で『マイケル・ジャクソン・復活!ロンドン公演』が本編だったら・・・・と、詮ないことを考えつつ、彼のCDを聴きつつ、今も涙ぐんでいます。

君は天才だ

 

 

 

 

 

 

車谷長吉氏の『赤目四十八瀧心中未遂』を読み終わった。
今だに胸のドキドキが止まらない。

すごい小説を書く人だ、車谷長吉って。

読みながら思わず身悶えしてしまった。
特に後半、主人公、生島与一とアヤちゃんの手に手をとっての道行には、先に映画でみて結末は分かっているのにも関わらず、切なさで胸がいっぱいになる。

この人の文章がまた独特で、散りばめられた古風な言葉や言い回しの、なんと美しいこと。
「置文」、「接吻」、「辻姫」そして「まぐわい」・・・・・。

そして彼の住むアパートの住人たちの、たまらない、うらぶれっぷりには、この世の果てを思わせ、わらわらと湧いて出てくる異形の人たちの姿や生活は時に幻想的で、ガルシア=マルケスの世界を彷彿させる。

車谷長吉氏は、最後の私小説作家と呼ばれているそうだが、私には「私小説」の定義がよく、分からない。

とにかく生島与一=作者なのだろう。

社会に馴染むことができず、会社を辞め人間関係から逃げ、流れ流れてきた尼崎の、ブリキの雨樋が錆びついた街。
そこで日がな一日、病死した鳥や牛の臓物を串に打って口に糊している。

だが彼は、この街からも拒否される。所詮アマちゃんのインテリなのだ。
チンピラも娼婦も焼鳥屋の女将さんも、そこは敏感に感じ取っている。

しかし、この世界から逃げたいアヤちゃんは、生島に「連れて逃げて」という。

ああ、彼がもっと行動力と甲斐性があったら、二人幸せに暮らしていただろうに。
いや、どぶのお粥をすすってきたようなアヤちゃんとインテリの彼では、結局上手くいかなかったかも・・・・。

そして失意のうち、この無能の青年は、やがて希有な小説家になるのだ。

赤目四十八瀧心中未遂
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最近、映画を劇場よりも、家庭でDVDで済ます方が多くなり、邪道だなぁと反省しきりなのだが、DVDの良い点は、途中で休憩を入れることができることだ。

特に自分のようなぼんやりした人間は、2時間近くなると、集中力が途切れてしまう。

彫物さて、『赤目四十八瀧心中未遂』という日本映画のDVDを観た。

原作は車谷長吉氏の同名小説だが、まだ彼の小説は読んだことがない。
エッセイなどを読むと、独特の自分の世界をもっている、ちょっと偏屈なオジサンという感じで期待が持てる。

さて内容は、釜ヶ崎から尼崎に流れてきた、わけありの青年生島は、ボロアパートで日がな一日、鳥の臓物をさばき串を打って暮らしている。
彼の周りは、彫り物師、やくざ、娼婦など、社会の底辺でうごめいている人ばかり。

生島はそんな彼らに驚き、戸惑い、振り回されていく。

やがて同じアパートの女性、綾(寺島しのぶ)にだんだん惹かれていくが・・・・・・。

・・・すごく面白かった!159分と長い作品だが、集中力が途切れることなく、楽しむことができた。

オフェリア暗いどろどろした世界を想像していたのだが、思ったより明るく、尼崎版やさぐれた『めぞん一刻』という趣だ。

主人公生島を演じている俳優は、当時新人だったらしいが、おどおどして、始終周りの人たちに振り回され、緊張しまくっている感じがそのまんまで良かった。

そして、他の登場人物は、みな個性的であくが強く、ディープな大阪・尼崎の雰囲気と相まって強烈だ。
特に彫り物師の内田裕也や、焼鳥屋のおかみ大楠道代、無口な店員、新井弘文などが印象に残った。

ちょっと懐かしいATG映画の匂いがあり、これを観る限り「尼崎」って、いまだに昭和なんだな、と思った(偏見)。

映像も美しく、特に赤目四十八滝のシーンは透明感があって秀逸、できれば劇場で見たかったなぁ・・・・。

そんなわけで、車谷長吉氏の作品、今度読んでみよう。

赤目四十八瀧心中未遂
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ここ最近、伊坂幸太郎ものが続いているので、ちょっと気分を変えて、重厚で地に足のついたものをと思い、(決して伊坂幸太郎が軽佻浮薄という訳ではないが、まぁバランスをとるということで)、横山秀夫の『臨場』と『半落ち』を読んでみた。

まず『臨場』。面白かった!。
八つの物語からなる短編集で、刑事や新聞記者、婦警など、それぞれ立場の違う人たちが事件を担当あるいは遭遇する。

そしていずれの事件も、1人の検視官が見事に解決に導いてくれる、その男が『生涯検視官』の異名を持つ捜査一課の検視官・倉石義男だ。

あえて倉石の周りの人物を主人公におき、客観的に彼を描くことで、より強烈に「カリスマ検視官」の姿を浮き上がらせている。

とにかく倉石の仕事ぶりは凄い、どんな瑣末な事も見逃さない。そしてカッコイイ。

歯に衣着せぬ言動と自分を曲げない態度から、上司からは疎んぜられ、出世コースから外れてはいるが、長年の鑑識から得た鋭い洞察力と豊富な知識、そして何より人の心の機微を知り、人の痛みを理解する、深い人間性を持っている。

あまりのスーパーマンぶりに「出来すぎだろ!!」と突っ込みつつも、そのカッコよさ、そして人情の厚さに惚れ惚れしてしまった。

そして『半落ち』。

以前かなり話題にもなった作品なので、期待して読んでみたのだが・・・

内容は、現職警察官・梶が、アルツハイマーを患う妻を絞殺し自首してきた。
殺人も動機も素直に明かしたが、殺害から自首するまで2日間の行動だけはなぜか頑なに語ろうとしない。
その2日間に何があったのか・・・・・。

物語は、刑事、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官というさまざまな立場の人たちの目線で、梶・元警察官と彼の事件を描いている。
その点『臨場』と似ているが、それぞれの男たちが、組織や世間、上司や同僚、ライバル、家族といった複雑な人間関係を背負いながら、時には自分を曲げ、葛藤し悩みながらも、自分の仕事を成し遂げていく姿には胸が熱くなった。

ただ・・・肝心の梶という男。中心人物のこの男の影が薄いというか、あまりに善人すぎて、心の奥がよく読めないのだ。

この作品は映画やドラマ化もされているので、多少のネタばれは良いと思うが、彼は7年前、急性骨髄性白血病で1人息子を亡くしている。そして今回の妻のアルツハイマー発症。そして妻に請われての嘱託殺人。

その苦しみは察するに余りあるが、殺人後、梶は新宿歌舞伎町へ、ある人物に会いにいっている。

私にはその行動が、あまりにきれい事過ぎるようでならない。

私が梶の立場だったら、その、ある人物の胸元をつかみ『息子も死んで、妻も俺が殺してしまった。なのになぜおまえは生きているんだ!?』と、管を巻くかもしれない。(見当違いとは重々承知しているが)

そんな訳で、『半落ち』は個人的に多少疑問が残ったが、どちらも読み応えがあった。そしていずれも加齢臭がした。

それは不愉快な匂いではない。頼りがいのある、そして懐かしい匂いだ。

臨場 (光文社文庫)
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半落ち (講談社文庫)
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伊坂幸太郎まつり続く・・・・。

フィッシュストーリー』という映画のDVDを観た。

女子高校生〜原作は伊坂氏の短編で、今年の3月ごろ映画館上映されていたのだが、私の住む地方ではやってなかったのだ(文化の砂漠)。

原作も読んでいないのに、安易にDVDで済ますのは如何なものかと思いつつ、面白そうだったので見てしまった。

内容は、2012年、彗星が地球に衝突するまであと5時間・・・。
廃墟と化した街で、一軒だけ開いているレコード店。
店長が廃盤となったあるレコードに針を落とすと、物語は過去に深く潜っていく。

正義の味方くんそして、1975年、早過ぎたがために売れないパンクロッカーたちが挑んだ最後のレコーディング、1982年、気が弱く苛められてばかりの大学生が、初めて勇気を奮い立たせた時、2009年、フェリーに取り残されてしまった女子高校生と、不思議なシェフが、シージャックに遭遇して・・・・。

やがて、それぞれの出来事の積み重ねが、地球を救う!

いやぁ、すごく面白かった、楽しかった!

それぞれのエピソードを織り込みつつ、クライマックスに向かって収斂していくさまは、いかにも伊坂作品だが、決して散漫な感じは受けなかった。とにかく登場人物が魅力的で、それぞれの人生愛すべき人たちなのだ。

冷静に考えれば、壮大なるホラ話、大げさなこじつけ話だが、そう思えないのは、それそれの時代の、彼ら彼女らが、今この時を、真摯に生きているからだろう。

どのエピソードも面白かったが、特に印象に残ったのは、2009年の「正義の味方になりたい」というシェフ。あの独特の存在感とアクションの美しさは心に残った。

また1975年のパンクロッカーたち。ファッションセンス良過ぎ。当時あんなおしゃれなロッカーなんていなかったよ。

ああ、それにしても、地球滅亡まであと5時間だというのに、レコード店でまったりと、セックスピストルズの「マイウェイ」を語っていた店長と客。
あんたら最高だよ。そんな終末の過ごし方も悪くないな。

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伊坂幸太郎氏のデビュー作『オーデュボンの祈り』を読む。

仙台に住んでいる主人公の男は、コンビニ強盗に失敗し警察に追われ、気がつくと見知らぬ島にいた。
そこは江戸末期より外界から遮断されている島で、不思議な人々が住んでいる。

会話ができ未来が分かるカカシ、嘘しか言わない画家、殺人を許可されている男、太り過ぎて動けなくなり、市場で寝起きしているウサギという名の女性などなど。

そして、ある日、カカシが殺された。未来が分かるカカシは自分の死をなぜ阻止できなかったのか・・・・・?

『不思議の国のアリス』的世界が展開される中、「僕」という一人称の科白、寓話的でシュールな世界、不思議な浮遊感・・・。

これって、村上春樹の世界に似てる・・・・。

とは言っても、村上作品を多く読んでいる訳ではないので、確かな事は言えないが、漂う空気感は同じだ。

うう、どうしよう、実は村上春樹って苦手なのよね。

途中下車しようかなと迷う気持ちを振り切って読み進んでいくと、今度はかなりえげつない男が出てくる。

伊坂作品にはよくこの「鬼畜」、忌まわしい殺人鬼やレイプ犯などが出てくるが、今回の男は特に酷い。

何だかムカついてきて、敵前逃亡しようかな、と思いながらも、歯をくいしばりながら(ちと大げさだが)前進を続ける。そして・・・。

ラストは爽やかなものだった、読んで良かった。

シュールな世界に最初は違和感があったが、だんだん現実の生々しい世界と溶け合っていくあたりは、著者の筆致力のすごさだろう。

「名探偵」がその役割を捨て、祈り始めた時、物語は進み出すのだ。

後の作品に比べると、ミステリーっぽくないが、会話のあちこちに著者の生き方、考え方が反映され、名刺代わりの1枚、強い思いが溢れたデビュー作だと思う。

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊坂幸太郎著『終末のフール』を読んだ。

これは「8年後に小惑星が衝突し地球は滅亡する!」、そう予告されてから5年後、仙台市内の、とある住宅地を舞台にした物語だ。

「地球が破滅する!」と知らされた時の大パニックや暴力、殺りくなども今は治まり、一見、平穏を取り戻したかに見える街で、残り3年をどう生きるべきか模索する人たちの日常を追ったものだ。

ふと昔似たような本を読んだことがある、と思った。

新井素子氏の『ひとめあなたに・・・』だ。

素子氏のほうは、「一週間後に巨大な隕石が地球に衝突する」という極限状態の中で、東京から鎌倉まで、歩いて恋人に会いに行く女の子と、旅の途中に出会う、ゆっくり狂っていく女たちの物語だ。

『ひとめあなたに・・・』の登場人物たちはエキセントリックだが、たくましく強い。自分の意志をしっかり持っている。あと一週間という覚悟があるせいか。

それに比べ『終末のフール』は、滅亡を知ってからもう5年、そして余命あと3年という、まことに微妙な、ある意味ヘビの生殺し状態だ。

暴力や襲撃が行われた後の殺伐とした街で、25歳で自殺した息子を思い遣る老夫婦、突然の命の誕生に戸惑う夫、死ぬ前に父の蔵書をすべて読み、そして恋愛したいと思う女の子、等々、さまざまな人間模様が描かれている。

中には、この地球絶滅に幸せを感じている人もいて、理由を知るとそれはそれで切ない。

私が共感したのは、天体おたく、二ノ宮の話だ。
星に夢中な彼は、3年後、小惑星が自分の目で間近に見られることに心から喜んでいる。

私は天体の事はさっぱい分からないが、地球滅亡の瞬間をこの目で見たい、体験したいという気持ちがある。
できることなら、この物語の世界に入りたいぐらいだ。
そして余命3年の間、天体の事、小惑星の事など研究して、地球最後の日に立ち合いたいと思う。

もちろん、それは自分が今平和でニュートラルな状態だから思うので、実際、地球が滅びると聞いたら、みっともない位取り乱すかもしれないが・・・。

そして、地球最期の日をブログに残したら(まあネット使える状況ではないと思うが)、何千年後か何万年後か、誰かが見てくれるだろうか?

終末のフール (集英社文庫)
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ひとめあなたに… (角川文庫)
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