中上 健次かなり前新聞で読んだ記事に、中上健次の小説の英訳のことが載っており、その中で「路地」という言葉が”Ghetto”と訳されていることを知った。“ゲットー”と聞くと我々は第二次大戦中のユダヤ人居住区を思い出す。

言うまでもなく中上健次の小説に出てくる「路地」は被差別部落のことだ。でもゲットーじゃないだろうと思ったり、いや案外、外国人の見る目の方が正しいのかもと考えたり。

さて、初めて読んだ中上の小説は「蛇淫」という短編で、これはATG「青春の殺人者」という映画にもなった。テーマは「親殺し」である。

彼の小説にはやたら親殺し、兄弟殺し、兄妹相姦が出てくる。そして腹違い種違いの兄弟姉妹。現代人からみたら何ともうっとうしい世界だ。

さっさと都会に出て、自由で気楽な生活をすればいいのに、と思うのだが、この中上ワールドの住人たちは、紀州に、そして「路地」にこだわり続け、さながら紀州・熊野を舞台にしたギリシャ悲劇の様相を呈している。さんさんとふりそそぐ太陽、深緑の山々、碧く澄んだ川、紀州の自然がそれらを優しく包みこむ。そしてその中心にいるのが秋幸だ。

秋幸はたくましい若者だ。朝から夕方まで黙々と、つるはしやシャベルで土方仕事をしている。享楽や賭け事に溺れないストイックな男だ。中上の作品「岬」と「枯木灘」に登場する彼は美しく、また悲しい。

暗くてうっとうしくて文体も読みづらい中上作品だが、それでも惹かれるのは、自分の心の奥に血の絆に対する切望があるからだろうか。

 

    
枯木灘