昼寝中学の同級生で1人、任侠の世界へ行った男がいる。M君としよう。7年ほど前会った時は、若頭という地位だったが、もし今生きていれば組長をしているだろう。

同窓会で、中学卒業以来久しぶりに見たM君は、ずい分落ち着いて物静かで、大学の先生のような風貌だった。分数の掛け算が分からない彼と机を並べ、手ほどきをしてやった中2の頃を思い出した私は、率直にたずねてみた。「すっかり変わっちゃったね」

彼の答えはこうだ。「高校卒業以来、人生の大半を塀の中で暮らしてきた。刑務所の中は、する事がなくて退屈なので、あらゆる本を差し入れしてもらい、ずっと読んできたんだ。少しは頭が良くなったかな」

もちろんそれだけじゃなく、生きるか死ぬか、庶民には及びもつかない緊張にあふれた生活も、M君を哲学者のように変えた原因のひとつだろう。

でも、私は思った。おびただしい書物を読みながらも、「カタギに戻ろう」という気持ちにはならなかったのだろうか。

軽薄な友人たちが「刺青みせて〜」とふざけても、「これはあんたたちに見せるもんじゃないから」と、真夏なのに長袖を着、かたくなな態度をくずそうとしなかった彼。

最近、M君の噂はまったく聞かない。また堀の中にいるのか、事務所で睨みを利かせているか、それとも殺されたか。(この地では、やくざ同士の発砲事件はしょっちゅうである)

読書なんて、しょせん無力だ・・・。