0259以前の職場での出来事。ある夏の暑い日、会社に一本の電話があった。用件は「実は脳性まひの青年が車椅子で西日本横断の旅をしている。経費節約のため一晩そちらの事務所を寝泊り場所として貸していただけないでしょうか」との事。

検討した末OKということで、彼を迎え入れることにした。介助の人が1人か2人はいると思っていたのだが、やってきた彼らをみてびっくり。男女まぜて6〜7人のボランティアが介助として付いて来ているのだ。

障害者の介助をしたことのない私が言うのもあれだが、そんなにたくさんの人手が必要だろうか。食事、トイレ、暑いからお風呂にも入りたいし着替えもあるだろう。でもそれにしても多すぎる。

車椅子の青年と話しをしてみたかったが、ボランティアの若者たちが、ずっと取り囲んでいたので結局何もしゃべれなかった。

一般の人は、彼らをどう見ただろうか。「障害者のボランティアってなんか大変そう」「あんなにたくさんの人に迷惑かけて。家でじっとしておけばいいものを」・・・・・。冷酷かもしれないが、市井の意見なんてそんなものだ。

もちろん彼らがどんな夏を過ごすかは彼らの自由だ。介護の体験をするのも意義がある事だろう。だが私の目には、ボランティアの人の方が、障害者にぶら下がっているように感じた。

今読んでいる神谷美恵子著、「生きがいについて」に、こんな文章がある。

愛に生きるひとは、相手に感謝されようとしまいと、相手の生のために自分が必要とされていることを感じるときに、生きているはりあいを強く感じる。〜ひとは自分が世話になったひとよりも世話をしてやったひとのほうをこころよく思うものだ〜

私が今までボランティア活動をした事がないのは、一つには、自分の生きがい作りのために彼らを利用しているのではないか、という思いが頭を離れないからである。それよりはバリバリ働いて税金や社会保険料をキッチリ納める方が利に適っている気がする。

こんなにひねくれていては、近い将来ボランティアのお世話になる日が来た時、感謝の気持ちで素直に彼らに身をゆだねることが出来るだろうか。不安だ。

 

  

 


生きがいについて