ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

2005年08月

超インドア派で運痴の私が、もののはずみで、日本三大急流、球磨川へ、ラフティングをしに行くことになった。

はぁ、こわいよう、今半分涙目。もし何日たってもブログが再開されなかったら、「やっぱり年寄りの冷や水が」と笑ってやって下さい。

では。

0438

0440食欲の減退するこの時期、料理の参考にしているのがこの「女将さえこの今宵の酒肴」。さっぱりして箸の進みそうな肴ばかり。こんな気の利いたものをちゃっちゃと作れる人ってうらやましい。

だが和の肴って、一見簡単そうで、実はめんどうなのも事実だ。酢やダシなど調味料の塩梅も難しい・・・・・。そんな訳で、結局今日も手抜きの冷奴と枝豆でごまかすのであった。

さて、そんな暑い日々の中、先日わが市で夏祭りがあった。夕暮れ近くになると、街中は浴衣姿の女性で溢れる。数人の女性が色とりどり趣向をこらした浴衣を身にまとい、笑いさざめきながら歩く姿はまことに様子が良く、疲れた中年女じゃなくても見ていてホッとする。

だがひとつ問題があった。浴衣を着ている人はほとんど10〜20代の若い女性。私のようなオバサンで浴衣を着ている人は皆無。なんか肩身が狭いよう。

「女将さえこ」さんみたいな、着物の似合う妙齢な女性がもっと増えてくれないかな、と願いつつ、化粧崩れを気にしつつ、花火舟の宵は更けていった。

 

010私は郵政民営化法案に関心がない、断じてない。どれくらい関心がないかと言うと、テレビを見たくないばかりに、本会議が始まる昼1時になると、暑い中用事もないのに家を出て、ウロウロ歩き回り、何と10何年か振りで、水着を買う、という暴挙に出るくらい関心がない。

やはり暑さは人の心を狂わせる。

「太陽のせい」。殺人の動機を尋ねられて、そう答えた『異邦人』のムルソー。彼が人を殺めたアルジェの海岸はどれほどの暑さだったか。そして国会の冷房の設定温度はどれくらいなのか。もしや先生たち暑かったのか?

さて、気分を切り替えて、明日は長崎原爆の日。忘れないよう黙祷しよう。誤まった判断に最早言い訳は通用しない。たとえ太陽のせいだとしても。

 

 

 

03598月になるといつも原爆のことを考える。

子供の頃テレビで見た、黒焦げの死体、火傷で皮膚がベロンと剥げた人々の映像を多く見たせいだろう。

私が特に気になるのが長崎の原爆投下である。もともと小倉が第1目標だったが、当時かの地は雲が厚くて視界不良だったため長崎に変更されたという話は有名だ。しかし、長崎も同じくらい視界不良だったのだ。

これは私の勝手な妄想だが、困り果てたボックスカー号(長崎に原爆を落とした飛行機)の乗員が、「ええぃ、落としちゃえ!」てな感じで半分やけで投下してしまったような気がする。

熟慮の上か、それともはずみだったのか、あの爆心地の状況を見れば、そんなこと考えても詮無いことと分ってはいるが・・・。

さて、私は小倉の人間ではないが、住所は近いし友人や知人もたくさんいる。この件については結構気にしている人は多く、「長崎の人に申し訳ない」と言うお年よりもいる。

今朝もラジオで、小倉出身のアナウンサーが、「もし予定通り投下されていたら、今の僕はなかった」と話していたし、長崎の原爆記念日には、この地でも数々の集会が催されている。

小倉は投下予定地だったせいか、近隣の地に比べて空襲が少なかったとの地元の人の話を聞くにつけ、アメリカ軍のクールさと、彼らに口実を与えてしまった日本軍の幼稚さを、あらためて思い知らされるのであった。

 

 

 

011コカコーラのCMを見て、思うことがある。  いずれも、みめうるわしい男女が、おいしそうにコーラを飲み終え、満面の笑みを振りまく、がパターンだ。

だが私は、あんな爽やかにコカコーラを飲むことが出来ない。炭酸が苦手なため、ひとくち飲んだだけで喉が「ジガジガ」するし、さらにゲップが出てくる。多くの人たちは、やはりあのCMのようにゲップひとつせず、美しく飲みほすことができるのだろうか。

そんなわけで、私の長い人生の中で、自らコカコーラを買った回数は10指に足りるくらいである。

そして、やはり飲んだ回数は少ないが好きな飲み物の中にラムネがある。同じ炭酸飲料なのに、こちらは味がまろやかで喉の「ジカジカ」感が少ない。何よりあの小ぶりなビンとビー玉が良い。

好きなのに飲んだ回数が少ないのは、これらラムネに会うのが、夜店や花火大会といったイベントの時だけだからだ。氷の入った金盥で冷やされているそれは、ビンまで濡れ濡れとして、涼やかさを誘う。そしてビー玉のカチカチという音。

そうそうラムネは、田舎の駄菓子屋でも売っていた。昼寝してるばあちゃんを起こしてラムネと花火を買ったのはいつのことだったか。

今や世界を席捲しているコカコーラと、ほこりっぽい田舎道でひっそり売られているラムネ。中身にそれほどの優劣はないと思うのに、まるで清涼飲料界の、勝ち組と負け組みだ。

でも「ラムネ」という言葉を聞くと、懐かしい気持ちになる。それは、親に連れられての花火大会や夏祭り、田舎のイトコ達と過ごした夏休みを思い出させてくれるから。

経済的には成功しなくても、人の心に、ほっこりとした幸せを残してくれる。そんな生き方もまた楽しだ。

 

 

 

夏になると、人は海を求める。若い女の子も、脂ぎった野郎共も。

海に行く前日はそれこそワクワクして、女子は新しい水着とビーチサンダルを揃え、男子は車中の音楽セレクションに余念がない。

だが、そんなに楽しみにしていた海も、いざ着いてみると、始めのうちこそ歓声を上げるけど、015だんだん退屈になってくる。

小学生見たいに、しゃにむに泳ぐわけでもなく、海に一時間もいると体はべとべとしてくるし、婦女子は日焼けが気になる。

結局、昼ごはんに海の家のくそ不味いソース焼きそばとラムネを流し込み、しばらくボーとした後、なんとなく「ボチボチ帰ろうか・・」てな感じになる。

さて、そんなあるダラダラした海のひと時を過ごした、男女入れての6人グループ。

帰る準備をしている時、1人の男が海辺でビーチボールを拾った。スイカの縦じまがある、少し色あせたボールなのだが、なぜか空気がパンパンに入っている。

彼はそのままボールを抱えて車に乗り込んだ。運転席に座ると、それを後ろにポーンと投げ込む。後ろに座っている女の子たちがキャッキャッとバレーボールの真似事を始めた。

車は途中、スーパー銭湯に寄ったりしながら、ビーチビールを拾った男のマンションに到着した。さて今から宴会だ。

クーラーのきいた部屋でみんな飲んでいるとき、ふと1人の女の子が言った。「あれ、ボールがおかしい・・・」

見ると部屋の中央においてあったビーチボールが、大きくなったり、ちぢんだり、まるで生きているかのような呼吸の動きを見せ始めたのだ。部屋にいた全員凍りついた。

そしてボールはしばらく収縮運動を繰り返したあと、急に膨張を始めた。今にもはち切れそうになったボールは、時折ミシ、ミシと音さえ立てながら更に膨らみ続ける。女の子たちは震えながら耳を押さえていた。

その時!

 

「ぼくのボール、かってに持っていかないで」

突然、窓から3歳くらいのボーダーのTシャツを着た男の子があらわれ、自分より大きなボールを抱え込むと、再び窓の外へ消えていった。

 

・・・・しばらくして、1人の男が、部屋の持ち主の男に聞いた。

「知ってる子か?」

「いや知らない。つかこの部屋マンションの14階なのにどうやって来たんだ・・・・」

窓はロックしてある。

ふと見ると、ビーチボールが置いてあったところから窓にかけて濡れた跡がある。

たぶん「海の水」だろう。若者たちは、3歳の男の子の濡れた髪を思い出しながらも、なおしばらくは、呆然としていた。

 

教訓: 落ちているものを、むやみに持ち帰ってはいけません。

 

 

 

 

 

 

018映画「アイランド」を見てきた。当初は、ユアン・マクレガーショーン・ビーンという英国2大俳優の共演が楽しみで映画館に足を運んだのだが、いやどうして、面白かった、たんのうした。時々ありえねーシュチュエーションもあったが、何よりテンポが良く、息つく間もないアクションの連続、そして役者がそれぞれ個性的で見ごたえあった。

こういう予備知識がなくてもスーっと楽しめる映画ってほんとに良いものですね。個人的にはSW靴茲蟾イかも。

さて、今公開中のため内容を詳しく書くことは出来ないが、時代設定は2017年。中途半端な近未来だ。そしてクローン人間が物語の軸である。

この映画で白眉だったのが、ユアン・マクレガー演ずる二役。リンカーン(クローン人間)とトニー(本体)が対面するシーンがあるのだが、同じユアンのはずなのに、トニーの顔がなぜかダニエル・カールに見えて仕方ない。特にメイクを変えているわけではないのに、純真なリンカーンの顔に比べ、トニーには底意地の悪さがにじみ出ていた(いや別にダニエル・カールさんが意地悪いわけじゃないけど)

また、心に「むう」と響いたのは、クローン人間の生みの親というべき、ショーン・ビーン演ずるメリック博士の一言。

「クローンには15歳の知能しか与えていない」

クローン人間はみな成人で、なかには結構年の人もいる。でも精神年齢は15歳なのだ。変に自分たちの立場に疑問を感じることなく、素直に言う事を聞き、人間の都合の良い○○になるために、余計な教育はしないのだと。

これは支配者の、民に対する本音であろう。特に自分を全知全能の神と思い込んでいる者にとっては。

ショーン・ビーンの悪役ぶりも健在。この夏一番の拾い物だったなと思いつつ、映画館を後にした。

 

 

 

先日JRの電車に乗っていたとき、後ろの席の女性2人の話し声が聞こえてきた。年配の方々で、どうやらママさんコーラスの練習帰りらしい。何とはなく聞いてたら1人の女性が「私、子供のころ両親を亡くしたの」と語りだしたので、思わず聞き耳を立てた。
 
なんでもその女性は、小学生くらいの頃家族で大陸に渡っていたが、父親が病気になり、終戦を待たずして日本に帰国したらしい。「そのお陰で、引き揚げの苦労はなかったの」と笑っていたが、彼女の苦労はそれから始まる。
 
父親は結核のため帰国後程なく死亡。そのあとを追うように母親も病死。21歳の姉と2人残されたが、姉も父の結核に感染されたらしく死亡。彼女は姉が死んだのが一番悲しかったという。
 
その後彼女は母や姉の着物を売って食べていたが、子供1人で生きていけるわけもなく、養護施設に引き取られる。
 
それから後は苦労しながらも結婚し家庭を築いたが、15年ほど前に大学生だった息子を事故で亡くした。
 
悲しみが消えない彼女は、思い切って昔住んでいた中国の大連に渡り、そこで6年ほど暮らした。そこで多くの学生と出会い、死んだ息子と同じ年くらいの彼らと交流しているうちに、だんだん気持ちが癒され、やがて昔やっていたコーラスをまた始めてみようと思い立つ。
 
大連でお世話になった人たちとは今でも交流があり、今年も中国に行く予定だったのだが、ちょうど抗日運動が盛んな時期だったのであきらめたとのこと。
 
次の駅で彼女たちは降りたので、話を聞いた時間は5分もないくらいだろう。いかにも品の良い奥様風の後姿を見ながら、名もない女性の「半生記」に思いを寄せた夏のひと時だった。
 
日暮れ

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