ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

2006年05月

キンゼイさんちの家庭の事情

幼い頃、ひとり留守番をしている時など、こっそり母の婦人雑誌を見ていたのもだが、その中に気になる言葉があった。「オギノ式」と「キンゼイ・レポート」だ。

どちらも学術的でありながら、無邪気に親に訊けない雰囲気があった。

やがて「オギノ式」が避妊法と知ったが、今考えてみると随分アバウトな方法である。これを鵜呑みにして、痛い思いをした人は過去、数知れないのではないか。

生みの親とされる荻野博士は、元々不妊治療のため排卵のメカニズムを研究していたらしい。その自分の研究結果が勝手に一人歩きして、いいかげんな避妊法にされてしまった。生真面目な性格の博士だったから、その心境いかばかりだったろう。

そして、「キンゼイ・レポート」の生みの親のキンゼイ博士も、かなり生真面目な人物だったらしい。

さて、「愛についてのキンゼイ・レポート」というビデオを観た。

1948年、全米1万8千人の男性を対象にセックスについての面接調査をおこなったキンゼイ博士は、実は昆虫学者なのだが、頑迷な父親から性の抑圧を受けた体験や、大学生たちの性に対する無知に触発され、前人未到の「性のリサーチ」を敢行する。

父親が生真面目にセックスを忌避した分、息子はセックスを生真面目に追求する。まるで写真のネガとポジのようだ。

当然のようにキンゼイ博士の家庭では、セックスが日常の話題になるが、夕食時に両親の初夜の話があけすけに語られると、ついに博士の息子が切れて「やめてくれ!この家は異常だ」と叫ぶ。

う〜ん、でもこの息子の気持ち分るなぁ。性について厳しすぎるのも困るが、開放され過ぎてもそれはそれで辛いものがある。

子供にとって、親はいつまでも清らかな存在であって欲しいのだ。もちろん、なぜ子供が生まれるのかそんなことは百も承知だが、その体験を生々しく聞かされたくない。セックスのことは自分で学んでいくから、親はただ見守ってくれさえすれば良い。そう考える子供が大半ではないだろうか。

ところで、このキンゼイ博士、のちにあのマッカーシーイズムの弾圧を受けるのですね。う〜ん、ここで“赤狩り”が出てくるとは思いもしなかった。だが苦難の道を歩みながらも、「キンゼイ・リポート」は多くの悩める人々に勇気を与えるのだ。

親に隠れてこっそりではなく、もっと明るい陽の下で、あなたと出遭いたかった。

愛についてのキンゼイ・レポート

 

 

 

 

 

塹壕のクリスマス

私が映画を観るとき、求めているのはドキュメンタリーではない。

最近、特に戦争映画において、よりリアリティのある映像が多くなった。それはそれで意義のあることだが、目を覆いたくなるような残虐なシーンだけが「戦争」の本質ではないと思う私は、考えが甘いのだろうか。

さて、『戦場のアリア』という映画を観た。この頃のリアリティあふれる戦争映画に比べると甘いし、きれいごとに感じる場面もあったが、でも私は泣けた。そして胸が痛くなった。

第一次世界大戦時のヨーロッパ戦線。スコットランド・フランス連合軍と、ドイツ軍が塹壕の中で睨みあっている。お互い声が聞こえる距離。時はクリスマスイヴ。それぞれの兵士たちは皆疲れ切って、故郷への思慕がいやが上にも高まっている。

そこへ、スコットランド軍の塹壕からバグパイプの音色が聞こえ歌声が響く・・・・。やがてドイツ軍からも朗々たる歌声が流れ、そして・・・。

それぞれの軍の将校が話し合い、奇跡のクリスマス休戦が起こる。

黒人やアジア人が一切出てこない、金髪碧眼のクリスチャンたちだからこそ出来た奇跡で、現実にはありえないことだよなぁと考えつつも、ウイスキーを酌み交わし、お互いの妻の写真を見せ合う、素朴な兵士たちの姿には涙腺がゆるくなった。

だが、休戦の後、兵士たちには厳しい試練が待っていた。指令本部に知られ、ある将校は懲罰を受け、あるいはより激しい戦地に送られる。

さて私が印象に残ったのが、ドイツ将校がポツリと「私はユダヤ教徒なので、クリスマスは関係ないのだが・・・」と語る場面だ。
ああ、この人は、たとえこの戦争に生き残っても、その後さらに過酷な運命が待っているのだと知り、鳥肌が立った。

この映画はエンドロールも美しく、ロマンティックだ。
そして私は思う。たとえ甘ちゃんと言われても、人の心を信じたいと。

 

戦場のアリア

 

 

 

 

 

アーミッシュという生き方

18
だんだん中高年にさしかかるにつれて、残りの人生のこし方について、思いをめぐらすことがある。

もはや栄耀栄華を求めようもなく、またそれを望みもしないが、せめていつも穏かな心を持って、謙虚に、身を惜しまず働けたらと思う。でもそれがなかなか難しい。

常になまけ心や不平不満がうずまき、いい年をしてこんなでどうする!と自問自答している日々である。

そんな時、思い浮かぶのが、アメリカに住むアーミッシュである。電気を使わず、文明の利器を利用せず300年前と変らない生活を続ける人たち。
 ごく質素な服装で、男は農作業や家具作りに従事し、女は朝早くから火をおこし家事に追われている(何しろ洗濯機、冷蔵庫
コンロなどないのだから)
子供たちは8年間、ごく基礎的な教育だけを受け、その後は家の仕事を手伝う。

いたってストイックな生活をしているアーミッシュだが、ネットで彼らの生活を調べているたびに、だんだん憧れがつのってくる。

もちろん彼らのような生活が出来るわけではないし、色々と疑問に思う点もあるが、数少ない彼らの写真(何しろ写真を撮られるのを嫌がるらしいので)を見ていると、そのたたずまいの美しさに心打たれるのだ。

私はアーミッシュのごく表面的なことしか知らないし内実は色々あるかもしれないが、彼らの穏かな表情、そして様々な法律の壁を越えて、彼らを許容しているアメリカのふところの深さには感銘を覚える。

ところで、アーミッシュの人たちは早婚が多く、バースコントロールなどしないので、平均8人ぐらい子供を産むそうだ。

もちろん成人前に亡くなる子や、アーミッシュを拒否して外に出て行く子もいるだろうが、それにしてもこれは驚異的な数字ではないだろうか。

このままアーミッシュが増えてくれたら、アメリカの環境問題も解決されより平和になっていくのではないか。これは決して夢物語ではないと思うのだが。

理不尽な人

子供の頃、“父親”は、理不尽な存在だった。

友だちと遊んでいても、母や姉と仲良くテレビを見ていても、父が帰宅をすれば楽しみはすべて終わり。
母はそそくさと晩酌と給仕に専念し、私たち子供は家の隅でおとなしくしないといけない。横柄で、機嫌が悪いと意味もなく怒鳴りちらし、酔っ払う。
父の働きで暮らしているのを知っているから、文句も言えず、ひたすら大人になって父から離れることを願っていたものだ・・・。

さて、私は女だが、男の子の場合そんな理不尽な父親とどう向き合っていくのだろうか。

ロシア映画「父、帰る」を観た。新人の監督だが見事な作品である。映像、カット割り、脚本、そしてもちろん俳優もすごいし、また音楽が泣かせるのだ。ちょっと無国籍風の、あえて言えばギリシャ悲劇を彷彿させる音作りだ。

物語は、母と祖母、2人の兄弟の住む家に、12年ぶりに父親が帰ってくる。今までどこにいたのか、何のために帰ってきたのか分らないままに、父子3人で唐突に旅に出ることになる。

この父がまた横柄で無愛想でやな親父なのだ。兄弟のうち兄は従順なのだが、弟は終始反抗的な態度で、さまざまなトラブルを起こしながらも、旅は続いていく。

物語はこの弟を中心に進んでいくのだが、ある事件がきっかけで立場が逆転する。日和見的でいつもぼんやりしていた兄が、頼りになる男へと変っていく。

普段目立たない男の子が急に大人っぽくなることはままあるが、こんなにあざやかに見せ付けられたのは初めてだ。

そして、謎を残したまま物語は終るが、それはこの作品が、子供の目線で描かれているからだろう。子供の目には父はいつも謎だ。なぜそんなに怒っているのか不機嫌なのか。

さて、素晴らしい演技を見せてくれた兄弟。とくに兄役の子は、まつげがくるりと長くて可愛らしい男の子だったが、なんとこの映画の撮影終了後、ロケ地でもあった湖で溺死したそうだ、ああ、人生は理不尽だ・・・。

父、帰る

 

なぜ“レント”に感動できないのか。

ミュージカル映画『レント』を観た。ブロードウェイでの伝説的ミュージカルの映画化で、当時の舞台の役者がほとんど出演しているせいか、音楽は誠に素晴らしいものであった。

だが、肝心の物語がいまいち心に響かない。登場人物にまったく感情移入できないのだ。

ゲイ、レズ、麻薬中毒、家賃も払えない貧困な彼らたち。

そんなふしだらな生活をするからエイズに感染するのよ、自業自得よ、と非難する気持ちはさらさらない(いや、ほんの少しはあるかもしれないが)

私が気になるのは彼らの横柄な態度である。家賃を払わないのに態度が大きい、というのはまあ置いといて、彼らの妙な選民意識が鼻につくのだ。

芸術的なことをしているから、人とは違った生き方をしているから、 マイノリティで、繊細で、才能のある私たちは、凡人には理解できないのよ、そんな違った意味でのエリート臭さがたまらない。

そして、時代の流れは早い。ニューヨーク=エイズ、同性愛、麻薬というのは、もはやステレオタイプだろう。それとも私の頭の方がロートル化しているのだろうか。

 

 

 

 

50センチの逢瀬

先週、福岡市美術館で、印象派コレクション展を観た。モネ、ルノワール、セザンヌなど、けれんのない巨匠たちの絵画を、ゆっくり楽しむことができた。

さて、美術館には、よく音声解説のヘッドセットが置いてある。今回も、かなりのお客さんが利用していたが、あれはやはり役に立つものだろうか。

一度だけ音声解説を利用した事がある。連れが私の分も借りてくれたのだ。
せっかくの友人の親切だが、耳に入る機械音に気が散って、心静かに絵を楽しめなかった記憶がある。

どうも私は二つの事を同時に処理できないようだ。観る時は観ることだけしか集中できない。

私にとって美術館の楽しみは、時空をこえ国をこえ、不思議な縁で今自分の目の前50センチにある名画と語らう事にある。お気に入りの作品であれば、それこそ『やっと会えたね、』と、某芥川賞作家のようなセリフをつぶやいたりして自分でも気持ち悪い。そして、そこに音声解説の入る隙間はないのだ。

まぁ、500円払うのがもったいない、てのもあるが。

冒険は退屈の中にあり

写真を撮る時「ハイ!チーズ」という習慣が日本でできたのは、テレビのCMからだと記憶している。確かチーズのCMで、カメラを前に表情が堅い人に「チーズと言ってごらん」と声をかけたらあら不思議、素敵な笑顔になったというわけだ。

それからかなり経ち、30代の頃、ビジネスマナー講師の女性から「チーズよりウイスキーの方が笑顔が自然よ」と言われたことがある。なるほどと思いつつも、どちらもあまり使ったことがない。

さて、初めて日本で公開されるウルグアイ映画『ウイスキー』を観た。別にお酒がテーマではない。ウルグアイの人たちの、写真を取られる際の決め言葉が“ウイスキー”なのだ。

観て驚いた。地球の真裏にある南米の小国で、こんなスゴイ作品が出来るなんて。固定カメラで撮った構図、アングル。極端に少ないセリフと乾いたユーモア、役者たちの微妙な表情。その静かさの中に私はどうしても日本的なものを嗅ぎ取ってしまう。

出てくるのは零細の靴下工場の社長と、その従業員である女、社長の弟の3人だけ。みな初老で美しくもなく、特に社長とその従業員の女は口数も極端に少なく無愛想この上ない。

だが私はこの初老の女が大好きになった。突然社長から「弟が来ている間、自分の妻役をしてくれないか」ともちかけられた時、表情一つ変えずに「良いですよ」と答えたくせに、帰りのバスの中で、そっと笑みを浮かべるあたりゾクっとした。「なんだ、このおばさん、やる気満々じゃん」

このまったく華のないドリカムは、不思議なユーモアを醸し出しつつ、やがて切ないラストを迎える。

この映画は好き嫌いがハッキリ分かれる作品だ。退屈に感じる人も多いだろう。アル・カウリスマキ監督作品が好きな人、40代以上の人は、結構はまるかと思う。南米ウルグアイ、あなどれない・・・・。

 

 

 

 

 

向田さんへの詫び状

脚本家であり小説家の「向田邦子」という名を聞くと、いつもシックな服を着こなした都会的で美しい姿を思い描いてしまう。

調べてみると彼女は昭和4年生まれ。存命であれば今年77歳、私の老母より年上だ。若いイメージがあるのは、51歳という若さで急逝したからだろう。

向田邦子を有名にしたのはあのドラマ、「寺内貫太郎一家」だと思うが、どうも私はこのホームドラマが苦手で特に、食事のシーンの多さ、口にものを入れたままくちゃくちゃしゃべるシーンはイヤだった。

でも最近彼女の著作を読むようになって気がついた。彼女は良い意味で“おぼこ”なのだと。

ある程度、年のいった独身女性というものは、私もそうだが古風である。例えば料理法なども、娘時代に母から習ったやり方を、今だに忠実に守っていたりする。
リアルタイムに夫や子ども達を食べさせなきゃいけない主婦たちはそんな流暢な事はしていられない。電子レンジを駆使し、時に冷凍食品やレトルトを利用する。食事に、味や栄養以外の情緒や付加価値を付ける余裕はないのだ。

向田邦子は子供時代を温かい家庭で育ち、なかなかの優等生でもあったようだ。きっと家庭で身に着けた温かさを古風に忠実に守り続けていき、やがて多くのドラマを作って行ったのだろう。そこにはリアリストの入る隙間はない。

結局彼女は道半ばで逝った。向田邦子のセンスのよさ、料理上手はつとに伝えられているが、優等生の娘のままで消えてしまったようで、私には残念でならないのだ。

 

 


 

 

ずっと君のこと好きなんだ

音楽好きのくせに「ジョニー・キャッシュ」なる伝説のアーティストの存在をまったく知らなかった。

映画、『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』を観るにあたって、実在の主人公、「ジョニー・キャッシュ」をネットで色々調べて、たまげた。

渋い、渋すぎるぜ、ジョニー・・。とくに「Hurt」というビデオに感動した。亡くなる前の年に撮られたらしいが、こんな偉大なアーティストを知らずしてえらそうに音楽を語っていた自分が恥ずかしい・・・・。

さて、ロック歌手が,苦節ウン年で有名になった途端、糟糠の妻を捨て、若い娘や女優とくっつくのはよくある話だが、あまり気持ちの良いものではない。

もちろん妻側に問題がある場合もある。ダンナが努力し成長しているのに、妻の方がいつまでも昔にこだわり自分も成長しようとする気がない時。また逆に、ダンナが有名になるにつれて、まるで自分も偉くなったと勘違いして傲慢になった時など。

そして、ジョニー・キャッシュも、ご他聞にもれず下積み時代を支えてくれた妻と別れ、ジューン・カーターという歌手と再婚した。だが、そこにたどり着くまでには、長い長い道のりがあったのだ。

映画は、伝説の歌手という割の合わない役どころを、ホアキン・フェニックスがよく体当たりで頑張っていたと思う。そしてリーズ・ウイザースプーンのまあキュートな事。

早速ジョニーの音楽、聴いてみよう。

 

 

 

 

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