ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

2007年04月

アンドリューに捧ぐ

ひゅー以前ラジオで、ロック評論家の渋谷陽一氏が、イギリス俳優、ヒュー・グラントの新作映画について語っていた。

なんでも80年代の、ポップアイドルデュオの片割れがヒューの役で、相方は今やトップスターなのに、彼の方はすっかり世間から忘れ去られ、「あの人は今」的存在になっている。

だがそんな彼に、ある日、起死回生のチャンスが訪れる・・・という話なのだが、渋谷氏が「まるで『ワム!』のジョージ・マイケルの片割れの人みたいですね〜」と言ったのには笑った。
だが、音楽評論家にも名前を失念されている『ワム!』の片割れの人の立場は・・・・(ちなみに彼の名前は、アンドリュー・リッジリーでした)

さて、その映画『ラブソングができるまで』を観た。

冒頭から、いきなりキッチュな80年代プロモ映像が映り、20代のヒュー・グラントがタイトな衣装で腰を振っている。

いや46歳のヒューが20代のわけないのだが、ヒューの、この名人芸とも言える軽さにはたまげた。

だが映画を観ているうちに、この軽さが重々しく心にのしかかってくる。

ヒュー演ずる元ポップスター、アレックスは、今や遊園地などのイベント巡業をして口に糊している。観客は、20年前のアイドルの幻を求めているおばさんたちばかり。
たまにテレビのオファーが入り喜んで行ってみると、元アイドル対抗ボクシング大会とかだったり。

そして時々向けられる、薄笑い、軽蔑の眼差し。

惨めである。心中察するに余りあるが、彼は表面的にはいつも軽やかで明るい。つまらぬプライドなど何の役にも立たぬ事も知っている。

やがてひょんな事から、現トップアイドル(今でいえばブリトニー・スピアーズみたいな子)から作曲を依頼される。

そして、詩の才能のある女性、ソフィと知り合ったアレックスは、彼女と共に、ラブソングを創りはじめる・・・・・。

お互い過去とばかり向き合っていた2人。

「過去にこだわり、苦しむのは、実は新しい冒険が怖いから」

思わぬ言葉にドキっとしたり。コメディだと思って油断すると足元すくわれそう。

そんな訳で、この作品を今は亡き「ワム!」の片割れ、アンドリューに捧げます(つかまだ死んでないって!)

ラブソングができるまで

 

 

Make It Big

 


 

月曜は大きらい

ブレンダ1979年の洋楽チャートの中に、アイルランドのバンド、ブームタウン・ラッツの『アイドントライク・マンデー』(邦題、哀愁のマンディ)と言うのがある。

これは1979年の1月、アメリカのサンディエゴで起きた、16歳の少女、ブレンダ・スペンサーによる銃の乱射事件からインスパイアされたものだ。

少女は朝、ライフルを持って近所の小学校に向かい、校庭に向って乱射した。

校長と学校関係者、2人が死亡、8人の生徒が重傷を負う。

警察に捕まったときの少女の言葉がふるっている。

『理由なんてないわ。月曜日は嫌いなのよ』

ブームタウン・ラッツの曲は、全英でチャート1位になるなど大ヒットしたが、今聴いてみると、たいした楽曲ではない。話題性が先行したのだろう。

この曲を作ったのは、バンドのリーダーでありボーカルのボブ・ゲルドフ。機を見るに敏な男だ。

やがて彼は、バンド活動そっちのけでチャリティ活動に没頭し、80年代のライブエイド、そして2005年のLIVE8を大成功に収めた。

今やノーベル平和賞の候補になり、サーの称号で呼ばれる、ボブ・ゲルドフ様だが、一連のライブエイドや、それに付随するもの(ホワイトバンド活動など)に懐疑的な私は、どうもスッキリしない。

さて、銃撃犯ブレンダは、今も刑務所に入っているらしい。
なんでも4回、仮釈放を申請したらしいが、いずれも却下されているという。

奇しくも、先日バージニア工科大学で起きた銃乱射事件も、4月16日、月曜日だ。

バージニアの犯人の場合、先のブレンダのような、1種アンニュイな動機ではなく、明らかに計画的な犯行のようだ。そし自殺している。

そういえば、数年前のコロンバイン高校乱射犯の少年達や、去年のペンシルベニアのアーミッシュの学校を襲った男、いずれも自殺している。

それに比べ、やはり女はしぶといのか。

そして、サー・ボブ・ゲルドフは、今、ライブツァーならぬ、講演ツァーで大忙しとの事。

どんな事件が起きても、結局強いものが生き残るのだ。まぁ当り前か。

哀愁のマンデイ

 

 

 

 

 


 

裏切りの連鎖

キャパロバート・キャパの作品に、パリ解放後、ドイツ兵と親しかった女性たちが、頭を丸坊主に刈られ、パリ市民の吊るし上げになっているのがある。

戦争の真実をとらえたものとして、まさに秀逸だが、先日観た、バーホーベン監督の映画『ブラックブック』にも似たようなシーンがあった。

バーホーベン監督の場合、キャパのようなクールさは無く、その表現はひたすらグロで汚い。

自分と同じオランダ市民を、これだけ醜く扱っていいものかと思ってしまうほどだ。

女の子が嫌う事をわざとして喜んでいる悪ガキが、そのまま大人になったような風情が彼の作品にはある。

宣伝では、『ブラックブック』は『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』と並び称されているようだが、とんでもない、そんな格式の高いものではない。001
相変わらずエロ、グロ、バイオレンスの詰まったバーホーベン節炸裂のサスペンスアクションだ。

とにかく見ていて飽きない。多くの伏線、危機、裏切り、どんでん返し。

最後のほう、事件の黒幕をつかまえ、棺おけに閉じ込めた後、主人公の女性とその仲間の男性が、疲れ果てて池のほとりに腰を下ろす。

大声でわめきながら命乞いをしている黒幕の見やりながら、「本当は助けるべきよね」「うん、そうだな」と言いながらも何もしないで、じっとすわっているのがおかしかった。見ている私も疲れ切っていたので。

またバーホーベン監督は、迫力ある女を描くのが上手い。

主人公のユダヤ女性エリスはもちろんだが、私は彼女の友人、オランダ女性ロニーにひきつけられた。

戦時中は、私腹をこやすのに夢中のナチ将校の愛人でありながらエリスに協力し、解放後は、ナチ協力者として吊るし上げに遭うどころか、ちゃっかり連合軍の勝利パレードに参加し、幸せをつかむ。

天真爛漫で、今を楽しむことだけを考えているロニー。
たとえ日和見と呼ばれようと、こういう女性が一番強いのかも知れない。

さて、この映画では、ナチの将校は大変人間らしく描かれている。

それに比べ、いわゆる英雄と呼ばれているオランダ人、レジスタンスの暗部には驚かされる。

この作品は真実に基づいて作られているとの事。

つくづく戦争の真実に、黒白ハッキリなどあり得ないのだろう。

002

 

 

 


 

風と砂と星空

星飛行気乗りであったフランスの作家、サン=テグジュペリの書『人間の土地』を読んだ。

この人の本は、昔々絵本で『星の王子様」を読んだきりで、美しい物語を残し、夜間飛行のはてに星空へ消えていったむちゃロマンティックなパイロットというイメージしかなく、特に興味はなかった。

ところが最近読んだ池波正太郎さんのエッセイで、氏は、もっとも影響を与えた書物に、サン=テグジュペリの小説・エッセイを挙げているのだ。

株で大もうけしながらも、荒れた日々を過ごしていた若い日、『人間の土地』と出会い、激しい衝撃と共に、自分を情けなく思ったという。

何が池波氏の心を惹きつけたのか、知りたくて本をひもといたが、読後、満足感で一杯になる。

まず冒頭の「ぼくら人間について、大地が、万卷の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ」に、しびれる。

そして、20世紀初頭のパイロットという、死と隣り合わせのリスキーな職務につきながらも、彼とその僚友たちの言葉や行動の、なんと詩的であることか。

サハラ砂漠で遭難し、3日間飲まず食わずでさ迷い歩くさまも、まるで苦しみが極限に達し、その苦しみがもはや貴重な甘露のようで、自分もその恐ろしい体験を味わってみたくなる。

当時アフリカの国々はフランスの植民地だったから、サン=テグジュペリもアフリカ人に対して、差別意識からは逃れられない。

だが彼はかの地の人々を軽蔑はしていない。

珍らかな客人として彼らと接している。

サン=テグジュペリが軽蔑しているのは、机の上で、何もせずに文句ばかり言う小役人だけである。

彼の澄んだ瞳で見つめられたら、きっと自分が恥ずかしくて、身の置き所がなくなるだろう。池波氏も同じだったに違いない。

彼は、悪しき行動主義者ではない。彼は農民が鍬を使うように飛行機を扱う。あるいは園丁が薔薇を丁寧に育てるように・・・・。

そのようにして人も育てられるのだ。

精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。

人間の土地

 

 

 

 

 

ダイヤは美しいはずなのに

時期はずれの話題だが、昔のアカデミー授賞式では、大スターは黒のリムジンを乗りつけ、女優たちは豪華な毛皮やダイヤモンドで着飾ってレッド・カーペットを歩いていたものだ。

今のセレブたちは、トヨタのプリウスに乗り、女優たちも毛皮はもとより、ダイヤモンドもあまり飾らなくなった。

環境問題、そして地域紛争が彼らの関心事になっているようだ。

さて、映画『ブラッド・ダイヤモンド』を観た。

レオ舞台は、紛争ダイヤアモンドの地、アフリカのシエラレオネ。ちなみに、ここは世界で一番平均寿命が短い国と言われている。
(男33歳、女36歳 1995年)

主人公のダイヤの密売人ダニーには、いち早くプリウスでアカデミー授賞式にのぞんだレオナルド・ディカプリオ。

引き離された家族を取り戻すため苦悩する、愚直ともいえる漁師ソロモンに、ジャイモン・フンスー。

そして、自分の力の限界を感じている紛争地域の女性ジャーナリスト、マディーにジェニファー・コネリー。

この3人が、ある巨大なダイヤをめぐって結び合う。

・・・面白すぎる。骨太の傑作だ。

内戦、虐殺、拉致誘拐、少年兵と悲惨な内容なのだが、面白いのだから仕方ない。まずディカプリオが上手い。

実は私、『タイタニック』以降、ディカプリオに対して、関心が薄かったのだ。個人的に、童顔が好きでないのもあるが・・・・。

冷酷で、平気で嘘をつき、殺人も厭わない密売人ダニー。だが、ソロモンやマディーに出会うことで、少しずつ変わってゆくその表情の自然さ。

実は彼も、この作られた内戦の犠牲者なのだ。

ダニーとソロモンの関係は、黒澤監督「七人の侍」の侍と農民の構図に似ている。

結局、勝つのは農民なのだ。

そして、ダニーとマディーが語り合うシーンも印象に深い。
彼にとって生まれて始めての安らぎのひと時だったのだろう。

さて、映画の最後のほう、シエラレオネの年寄りの言葉が心に残る。

「石油が出なくてよかった」

豊かな資源がアダとなったアフリカの地で、美しい大自然だけが、その哀しみを見つめている。

レオ2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                

星となったギタリスト

成毛ギタリストの成毛滋さんが3月29日、大腸癌のため亡くなった。60歳だった。

今度男に生まれたら絶対ギタリストになると誓っている私にとって、砂漠の空に輝く南十字星のような存在だった。

70年代初め、まだロック未開発国だった日本において彼は、パイオニアであり生きた教則本であった。

彼の凄いところは、日本人離れのリズム感覚やテクニックはもとより、音楽について、豊富な知識と、しっかりとした理論を持っていたことだ。

以前、彼の担当するラジオ番組があり、毎週楽しみに聴いていた。

その番組で彼はドクター・シーゲルとして聴取者たちにギター講座を開き、ロックについて語っていたのだが、異様にトランジスタ・アンプをけなし、真空管アンプを進めていたのが印象に深い。そして2言目には「電気店を信用してはダメです」「いんちきギタリストには気をつけましょう」

・・・・・高度なテクニックを持っていたにも関わらず、彼が表舞台から消えてしまった理由もわかる気がする。

成毛氏は、高中正義ら多くのミュージシャンに影響を与えたが、日本独自のJ・POPが主流の今、もう時代遅れなのかもしれない。

だが、このギターを持った頑固な横丁の親父の想い出は、いつまでも消えないだろう。

 

 

 

 

 


 

筆蹟は語らない

宮尾登美子さんのエッセイ集『母のたもと』に、「筆蹟」という章がある。その中で宮尾氏が、川端康成氏の筆蹟を口をきわめてののしっているのには、たまげた。

「色紙の字は、私の川端観を一挙にくつがえした感があり、それは初めにいう巧拙と関わりなく、何と卑小な、味気ない筆蹟だったことか。」
「色紙の文字は迷いに充ち、いうところの文豪の字などではちっともなかった。もしこの色紙の、私の内にかもし出す功罪をいうなら、罪は正しく地に落ちた偶像というべきで」(一部抜粋)

佐渡の古い茶店に飾ってあった、色紙の筆蹟が気に入らなかったからといって、ここまでおとしめる必要があるだろうか。
たまたま疲れていたのかもしれないし、それでなくても、超売れっ子作家の川端康成氏が、田舎の茶店でわざわざ書いてくれた色紙を、そこまでけなす気持ちがわからない。

宮尾氏の書くものは面白いのだが、どうもこの人、思い込みが激しすぎるようだ。土佐人気質か?さくら

さて本日、地元の「北九州市立文学館」で開催している「作家の自筆原稿でたどる(文学・青春)展を見に行く。

錚々たる作家達の生原稿が見られて、不思議なリアル感を味わった。

まず印象に残ったのは「掘辰夫」。四角ばった幼い字だ。このような筆蹟は多く、「立原道造」の字など、まるで今時の女子高生のようだ。

同じ角ばっていても、「中上憲次」や「宮本輝」は字に勢いがある。「村上龍」もそうか。

以外だったのが「山田詠美」。やはり角ばってはいるがとても丁寧で筆圧も強い。丁寧と言えば「三田誠広」は定規で線を引いているのではと思うほど几帳面な字だ。

以外と言えばもう1人、「小林多喜二」。真面目な女子中学生のような字だ。こんな優しい筆蹟で「蟹工船」を書いたとは・・・・。

そういえば無頼派の「坂口安吾」の字もおとなしくて目立たない。「太宰治」も地味だった。

・・・・色々見たが要するに、筆蹟と作家の資質は全く関係ないとの結論に達した。

さて、件の川端康成氏の筆蹟だが、墨で書かれた「伊豆の踊り子」の原稿を見るに、とても柔らかい味のある字である。

もとよりアキメクラで、書の良し悪しなどわからないが、私は素直に感動した。

でもまぁ、こんな些細な論争も、みな過去の話。
パソコンの普及で、「筆蹟」という言葉さえそのうち忘れられていくのだから・・・。

伊豆の踊子

 

セクシーブーツと町工場

k1このたび、2本1000円で映画が楽しめる再上映館にて、イギリス映画『キンキーブーツ』を観た。

・・・・・見終わった後、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「こんな素晴らしい作品なのに、なぜ宣伝やプロモ活動をしないんだ!」(少なくとも私はごく最近まで、この映画の存在も知らなかった)

しかも「キンキー・ブーツ」
原題をそのまま音読みしただけ。おいおい、配給会社、やる気あるのか!
これじゃ何の映画かさっぱりわからないじゃないか。

せめて『女王様のブーツ』とかにしろよ(いや、これは品がないか)

さて、愚痴はともかく、この映画は、『フルモンティ』や『リトル・ダンサー』『ブラス!』らと並び称される失業・不況克服もの(イギリスってこういう映画が多い)の傑作である。

伝統ある地方の靴工場。
社長の突然の死によって、急きょその息子が後を継ぐことになるが、いきなり倒産の危機を迎える。

そして、ジョエル・エドガートン演ずる若社長チャーリーだが、これがまぁ地味でもっさりしていかにも優柔不断な男なのだ。

顔立ちはウクライナ出身のサッカーの名選手、シェフチェンコに似てまぁハンサムなのだが何せ華がない。

最初は、この男大丈夫かよと思っていたが、苦境の中、ふとした事で、カリスマ・ドラッグクィーン、ローラと出会い、屈強な男でも履けるブーツの開発に、社運を賭けることになる。

伝統的な紳士靴を作っていた熟練工たち、当然反対するかと思いきや、この倒錯風のブーツの用途を知ると、「体格の大きい男性がピンヒールを履くには重心をここに合わせて・・・・」と、早速、匠の知恵を絞るところがスゴイ。英国の職人は健在だ。

そして、工場の中で浮いていた若社長が、だんだん溶け込み、最後は経営者の風格さえ漂わせてくれる。

また、黒人で屈強な体格のドラック・クィーン、ローラが、チャーリーに恋焦がれながらも、それを心に秘め、協力してブーツを作り上げる姿が本当にいじらしい。

この映画は実話が元になっているらしいが、地味な役者だけで、これだけの傑作を作り上げる底力には敬服するだけだ。

キンキーブーツ

 

 

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