『ビミョー』というのは、実に便利な言葉だ。
ハッキリ返事が出来ない時、自信がないとき、
「ちょっとビミョーなのよね」と言えば、何となく先延ばしがゆるされる。
だが人間はともかく、野性の河童はこの言葉は理解できないだろう。
そういえば『河童のクゥと夏休み』というアニメ映画の中でも、主人公のお父さんが、家族に「今年の夏休みの予定は〜」と責められて、「仕事がビミョーなのよね〜」と答えていた。
さて、このアニメ映画、最近の萌えアニメと違って、大変写実的だ。
もちろん映像は大変美しい。特に、主人公、小学生の康一と河童のクゥが、岩手県の遠野の川で、泳ぎまわるシーンは秀逸である。
だが、登場人物などは、あえて可愛く描こうとはしておらず、いたってあっさりしている。
そして私が惹かれたのが、康一とその家族。特にお父さんが良い。
河童がやって来たことに、だれよりもワクワクしている。仕事が忙しい中、家族への思いやりも忘れない、ちょっと気が弱そうだが味のあるお父さんだ。そして当然のようにクゥを受け入れ、淡々と暮らしている家族。
河童が来なくても、この一家だけで、一本映画が出来そうだ。
そして河童の描写。
頭のお皿がかわくと弱り、きゅうりが好きで川が好き。
なぜか人間の言葉(江戸時代の百姓ことば)をしゃべる。
まるでコテコテのステレオタイプの河童だ。
彼が好きなものは死んだお父さん、夢は仲間と自然の中で暮らすこと。
そんな単純な河童に比べて人間界のなんと複雑なことよ。
クラスでみんなから苛められているのに、表情も変えず涙一つ流さない女の子。その彼女が気になるのに、なぜか「ブス!」と言ってしまう康一。河童がいる康一を羨ましく思うあまり仲間はずれにする同級生。
その康一が夏休み、岩手の遠野へ、河童のクゥと旅に出る時、なぜかひそかに涙ぐむお母さん。
クゥを大事に思いながらも、会社の取引先に頼まれ、テレビ出演をひき受けてしまうお父さん。
みながそれぞれ複雑な思いを抱えている。
だが、クゥと付き合ううちに、みな少しずつ、その複雑さから解放されていく。
反面、クゥは礼儀正しく人間社会に耐えてきたが、段々限界に近づいてくる。
そして最後、康一の家族は、クゥのためにある決断をするのだ・・・・。
見終わった後、クゥちゃんよりも、悩みつつも最善の選択をした康一家族の暖かさが、いつまでも心に残った。