ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

2007年10月

凡庸なる女性の一生

昨年劇場公開された、ソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』をやっとDVDで観た。

興味はあったのだが、監督と、主役のキルストン・ダンストがどうも好きになれず、観ずじまいだったのだ。

特にキルストン・ダンスト。

三白眼で美人でもセクシーでもない。そんなに実力があるとは思えないのだが、いまやトップスターだ。

たぶん私の分からない魅力があるのだろう。

だが映画を観ているうちに、主役を彼女にして正解だと思い至った。

ソフィア・コッポラ描くマリー・アントワネットは、大変凡庸な女なのだ。

彼女は14歳のとき、オーストリア王妃マリア・テレジアの命で、フランス王太子のもとへ嫁ぐ。

何の疑問も感じず馬車に乗り、お供の女たちとはしゃぎながら、顔も知らない夫の待つフランスへ旅するマリー。

途中、オーストリアとフランスの国境で『引渡しの儀式』があるのだが、(なんかモロ人質扱いだ)、彼女はお供の女たちや愛犬との別れを嘆き悲しむが、嫌がったり反抗したりしない。

フランスで結婚後、ベルサイユ宮殿でのバカバカしい日常生活の儀式にも素直に従っている。

なかなか子供のできない若夫婦を心配して、実母のマリア・テレジア(ちなみに彼女は16人の子持ちだ)がマリーに、『もっと夫をその気にさせるように』という手紙を送れば、素直に従い、インポ気味の夫を何とかしようと努力する。

彼女はまるで意思のない、言い換えれば存在感の薄い女なのだ。

そして空気の薄い中で人がアップアップするように、彼女は自分の存在感の薄さの中で苦しみもがくようになる。

そして苦しむ彼女を、夫は救ってくれない。彼自身も意思を持たない男なのだから。

教養も野心もない彼女は、当然のようにその苦しみを、「浪費」「オシャレ」「男との火遊び」で埋め合わせるようになる。これまたありふれた結果だ。

フランスの群集の怒りは頂点に達し、やがてバツチーユの襲撃へ・・

彼女の一生は、何も知らずに馬車に乗った14歳に始まり、ラストは同じように馬車に乗せられて終わる。行き先にあるのは宮殿でも栄誉でもない。牢獄とギロチンなのだ。

無知で意思のない女とはいえ、後の彼女への酷い扱いや断頭台を想像すると、胸に迫るものがある。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

死に行くものへの祈り


その他最近マイブームになっている、須賀敦子氏の『トリエステの坂道』を読んでみた。

読み終わってつくづく思う。

死や別れ、貧しさ、衰退など、世間一般ではネガティブと呼ばれるものに対する眼差しの、なんと優しいことか。

まず1番目のエッセイ「トリエステの坂道」

これは彼女が、イタリアの詩人ウンベルト・サバの足跡を尋ねて、彼の故郷、イタリアの町、トリエステをさ迷い歩く1日の話だ。

20年以上前、夫と共に夢中になった詩人サバ。

いつか一緒にトリエステに行こうと言った彼は、約束を果たせぬまま若くして亡くなる。

実は彼女の目的は、サバではなく、亡き夫への鎮魂の旅だったのだと大方の読者は分かるだろう。

かつて繁栄していたが、今はさびれた港町であるトリエステは、彼女の心象風景とぴったり合うのだ。

さて、このエッセイ集には、有名な作家も、市井の貧しい人たちも出てくる。

そして彼女は、誰に対しても、目線は同じだ。

少し知恵遅れで街角で花を売っている男も、売春婦も、イタリアを代表する女性作家も彼女の中では同じなのだ。いつかは死にゆくものたち・・・。

そして、落ち着きのある文章を読んでいると、衰亡していくのもまた人生かな、と納得してしまうから不思議なものだ。

 

 

 

 

 

 


 

ミセス・サイゴン

PCの調子が悪く、ただ今ネットカフェを利用している。

自分はネット中毒者ではないと思っていたのだが、いざ使えないと、大げさな話、孤島に取り残されたような寂寥感にさいなまれる。困ったものだ。

ネットカフェ料金もちりも積もれば高くなるし、新しく買い換えるのもなぁ・・・・。悩み多き秋の夕暮れ・・・。

さて、そんな悶々した日々の中、近藤紘一著『サイゴンから来た妻と娘』を読んだ。

彼はサンケイ新聞の特派員だが、外交官の娘だった妻を亡くしている。死因は自殺。

フランスの帰国子女だった妻は、日本の生活に馴染めず、その後近藤氏と結婚したが、夫の赴任先の東南アジアにも馴染むことが出来なかったらしい。

その後、氏は、赴任先のサイゴンで、一人の女性と出逢う。

自分より年上で美人でもなく、学歴もない飲み屋の女性に、氏はなぜか一目ぼれし、その後同棲、結婚。そして12歳の妻の連れ子を連れて日本に帰ることになる。

その数年後、サイゴン陥落。

物語はベトナムの戦中戦後を追いながら、氏と妻と娘の生活ぶり、カルチャーショックを語っている。

まずこの妻の逞しさ、したたかさには驚いた。

可愛がっていたうさぎを、次の日には食べてしまってケロリとしている。

娘に対しても、まるで虐待とも思える体罰主義で、夫のほうがオロオロする始末だ。

そういった厳しさと強さがなければ、日々戦争の中、暮らしていけなかったのだろう。

このサイゴンの妻は自殺した前妻と性格には正反対だったと思われる。

でも氏は、転勤の先々で前妻の遺影を飾っていたらしい。

さて、この本は、あとがきで、サイゴンの郊外に予約してあった近藤氏の墓所が新政府によって処分されたと嘆いている。

その8年後、1985年、氏は胃がんで亡くなる。45歳だった。

夫人と娘は今パリで生活しているらしい。

サイゴンから来た妻と娘 (1978年)

 

 

 

悩み多き女王

見逃していた映画『クィーン』をこのたび、再上映館でやっと観賞した。

最初私は、エリザベス女王と、交通事故で亡くなったダイアナ元王妃の、死後も続く確執の話と思っていた。

だが違っていた。
就任したばかりの若きブレア首相が、「ダイアナ」の葬儀をめぐって、女王と対決する物語だったのだ。

このブレア首相と夫人がまた、雰囲気がそっくりなのが笑えた。

労働党で庶民に人気の高かった首相は、元妃の死に対する、国民のヒステリックともいえる反応に脅威を感じている。

だが女王からすれば、ダイアナは離婚した嫁。
民間人になった彼女に、英国王室が、あらためて何かしてやる必要はないのだ。

かたくなに沈黙を守っていた女王だが、国民は納得がいかない。

バッキンガム宮殿の門には、花束の山が出来、女王のバッシングがはじまった。

前例のないこの事態で若き首相は、伝統を重んじる女王と、国民の橋渡しをする役目をになう。

ここではブレア首相、なかなか良い仕事をしている。王室存続のため、国民を納得させるため、知恵を絞り、奔走する。

そして奔走するうちに女王の立場、即位して50年、重い責務の中、国民のため常に自分を殺してきた女王を思いやるようになるのだ。

それにしても、実在の人物をモデルに、よくぞここまで映画化できたものだ。英国王室も懐が深い。

とても上質の映画であったが、日本語の字幕にミスがあったのは残念だった。

「記帳」のことを「葬儀ハンドブックを準備しましょう」?
そしてダイアナ元妃の弟、スペンサー伯爵の挨拶のシーンで「私の妹は・・」??

戸田奈津子女王、もう引退された方が良いのでは・・・・。



 

 

 

 

 

 

 

眺めの良い部屋

秋晴れの爽やかな日、以前から気になっていた『旧伊藤伝右衛門邸』を訪ねてみた。

田園地帯を車窓に臨みながら、新飯塚駅に降り立つと、まず『飯塚市歴史資料館』へ。

ここにも伝右衛門と白蓮の写真や手紙、書画などが展示されている。随分関心が高いようだ。

さて、パンフレットには駅より徒歩30分と書いており、気持ちよい晴れの日なので、歩いていく事にしたのだが、途中で道が分らなくなる。

3商売気がないのか、ノンビリしているのか、町中に、案内表示がほとんどないのだ。

通りがかりの人に何度も聞いて、やっと目的地にたどり着いたが、少々時間を無駄にしてしまった。

さて、正面玄関、門の揮毫だが麻生太郎ちゃんの手によるものだ。さすが達筆。

同じ石炭経営者のよしみだろうが、麻生家と伊藤家は、あまり交流はなかったらしい。

「撮影禁止」のため室内の写真は撮れなかったのだが、まず屋敷の広さに驚いた。

それと、さりげなく置かれている調度品の豪華なこと。

また常に庭の景観を計算しているのがすごい。
食堂、奥座敷、2階の白蓮の部屋、それぞれ違った庭が楽しめる。

玄関は、着物の裾さばきが楽に出来るよう、低く作っている。
今のバリア・フリーのハシリか。

またお手洗いも、九州で初めての水洗式である。

「こげんよか暮しば、させてもろうて、なしあげんこつするとかねぇ」

「伝右衛門さんは、こげん気をつかっとらすとに、かわいそかねぇ」

年配の来場者からそんな声がもれる。

4どうも、白蓮さん、分が悪いようだ。

ところで、私が気に入ったのは2階の白蓮の部屋だ。
二間のここは、伝右衛門もめったに入らなかったとのこと。

庭の景観が素晴らしい。

さぞかし彼女は、ここで庭を眺めながら、我が身の越し方について、悩み、悶々としていたのだろう。

気になったのはこの白蓮の部屋に、「チャイナ服」が飾ってあった事だ。

なんでも、再婚した宮崎龍介と白蓮が、国賓として中国に招かれた時、要人から贈られたものだそうだが、そんな宮崎家ゆかりのものを、伊藤邸内で、麗々しく飾るのは、いかがなものかと思う。5

そういえば、この伊藤邸からJRで1時間くらい、荒尾駅の近くに、『宮崎兄弟資料館』というのがある。

これは宮崎龍介の父、孫文の盟友だった宮崎滔天とその兄弟達の資料館である。

「荒尾」もまた旧産炭地。

昔、大問題を起こした彼らが、現在は、旧産炭地の観光産業に一役買っているのは興味深い。

まぁそうしないと、当時、1日中真っ黒になって働いていた炭坑夫(婦)らに、申し訳ない気がするが。

1

 

 

 


 

勇者はささやく

jイギリスのシンガー・ソング・ライター、
ジェイムス・ブラントの2枚目のアルバム『オール・ザ・ロスト・ソウルズ』が発売されたのは、先月、9月19日だった。

好きなアーティストの新作なのだから、本来は飛びつくところだが、今回はなぜか気が重く、ぐずぐずしていてやっと最近購入した次第だ。

なにせ前回のアルバム『バック・トゥ・ベットラム』がイギリスを始め、ヨーロッパの国々で、軒並み1位を記録。全世界で1300万枚以上のセールスを記録した。

なかんずく、シングルカットされた『ユア・ビューティフル』は、日本で、CMやドラマの主題歌としても使われ、多くの人々の心をつかむ。

だが、これらのメガヒットがアダとなり、最近は、彼に対する欧州メディアのバッシングともいえる辛辣な批判が続いた。

いわく「聞いていてイラつく」「飽きた」「一発屋だ」云々・・・。後はお決まりの女性スキャンダル・・・・。

散々持ち上げた後に落すメディアの手法は、日本も欧州も同じだ。

そんな訳で、世界中の人から機関銃を向けられていたアルバムを、恐る恐る聴いてみたのだが、私の心配は杞憂に終った。

この肩の力のぬけ具合、気負いのなさは何だろう。

メガヒットの後の2作目というプレッシャーが無い筈はないのだが、楽曲はあくまで自然でかつ繊細に仕上がっている。

まるで良質のコットンシーツに包まったような、安らぎに満ちている。

彼の少し湿り気のある、枯れたヴォーカルも健在だ。

今回のアルバムは、70年代のロック・アルバムの雰囲気がテーマだそうだが、確かに、74年生まれの彼の楽曲やスタイルには、なぜか70年代の匂いがする。

キャット・スティーブンス、ジェイムス・テーラー、エルトン・ジョン。
女性ならカーリー・サイモン、ジャニス・イアンなど・・・。

そしてその頃、私自身は中学で、英語を習い始めた時期だったが、不思議と彼らの英語の歌詞がスッと耳に入ったものだ。

なぜ英語のできない私が聞き取れたのか分らない。

その頃のアーティストの丁寧な発声や歌詞に秘密があるのか、単に私の耳が良かったのか、それとも好きな音楽を聴ける歓びが、言葉の壁を越えるのか・・・。

今じゃ英語の歌詞どころか、J・ポップのそれでさえ、聴き取れない時がある。情けない。

そしてハタと気がついた。

ジェイムス・ブランドの歌う歌詞も、70年代のアーティストと同様、私の耳にすっと入ってくるのだ。この気持ちよさ。

この嬉しさは、英語の出来る人には分らないだろうな。

『ユア・ビューティフル』のようなメガヒットはなくても、彼の音楽は、多くの人々の心に、ささやき続けることであろう。

 

オール・ザ・ロスト・ソウルズ
Back to Bedlam

 

 

 

 

 

 

愛の奴隷

エディット私は、わがままな人が、わりと好きだ。憬れているのかもしれない。

家族とかだったら困るが、友人ぐらいであれば、その天真爛漫な言動を「しょうがないなぁ」と思いつつも、目を細めて見ている。

自分のわがままを通すには、かなりのエネルギーと勇気がいる。人とぶつかる事も多い。

そんなシンドイ思いをするより、適当に人に合わせて物分かりの良いふりをしている私は、結局、衝突するのが怖い臆病者なのだろう。

さて、映画『エディット・ピアフ〜愛の賛歌〜』を観た。

エディットが5歳くらいだろうか、育児放棄の母の代わりに、祖母の経営する娼館で娼婦らに育てられ、やがて大歌手へと成長していく姿を描きつつ、薬と酒でボロボロになった晩年の姿を織り交ぜる。

その壮絶な人生には圧倒される。

そして彼女はつねにわがままだ。

40代で既にアルコール中毒と薬物中毒で、まるで老婆のような姿。

ある意味、自業自得なのだが、それが彼女の生き方なのだろう。
凡人には、破滅的な人生にしか見えないが。

それにしても、エディット役の女優、マリオン・コティヤール。
実際は、32歳の美人女優なのだが、
まるで神がかり的だ。

マリオン自分に自信がなく、上目遣いでオドオドと挙動不審な20歳のピアフ、そして絶頂期、恋に落ちるが、悲しい終わりを迎え、やがて破滅に向って転がっていく姿。

とくに晩年のエディット(といってもまだ40代だが)、まるで80過ぎのばあさんのようだ。とにかくすさまじい演技力である。

ところで、名曲『愛の賛歌』。日本では岩谷時子さんの訳詩で有名になったが、実際の歌詞はもっと過激だ。

他の人の対訳を読む限り、歌詞の内容は、奥村チヨさんの『恋の奴隷』に近いなあと思った(つか古すぎっ)


 

 

 

 


 

静かな挑戦者

最近立て続けに、伝記もの映画を2本観た。

『ミス・ポター』と『エディット・ピアフ』だ。

どちらも女性の人生を描いたものだが、雰囲気が全く違う。

前者がアルプスの天然水ならば、後者はギリシャの蒸留酒ウゾーのような味わいなのだ(つか飲んだことないけど)

さて、その爽やかな『ミス・ポター』であるが、イギリスの有名な絵本「ピーター・ラビット」の作者、ビアトリクス・ポターの半生を描いたものだ。

まず映像が素晴らしい。

英国の湖水地方の奇跡的な美しさを観るだけでも、価値がある。

さて、20世紀初め、ミス・ポターは上流階級の娘だが、もう30過ぎ。その頃としては嫁き遅れだ。

動物の絵本を描いてはせっせと出版社に持ち込むが、いつも相手にされない。

当時、上流階級の女性が職業を持つなど、とんでもない事とされていたので、両親の悩みは尽きない。

だがひょんな事から絵本が出版される事になり、本はトントン拍子に売れ、やがて編集者の男性ノーマンとポターの間に恋が芽生える。

当然ポターの両親は身分違いということで、2人の結婚には反対するのだが、ここまでの流れがえらくユルイのだ。

ポターもノーマンも30過ぎ。親の庇護など必要ない年齢なのに、従順なのかおっとりすぎるのか、特に逆らう事もせず、辛抱強く許しを待っているのがいかにも20世紀初頭の英国風である。

また、このトウの立った中年カップルのラブシーンが、気恥ずかしいほど純朴だ。

ポターが親の命令で、夏の間、湖水地方の別荘で過ごす事になり、駅で別れを惜しむ恋人同士は、初めてのキスを交わす。

おずおずと唇を重ねる2人の姿を、機関車の煙がそっと隠すシーンなど、古風すぎて、逆に新鮮である。

その後、ポターに大きな不幸がやってくるが、大げさに騒ぐ事もなく、物語は淡々と進み、静かに終る。

この何ともいえぬゆったりとした流れが心地よい。

あえてドラマティックにせず、抑えた演出は、美しい風景と相まって、ピーター・ラビットの世界をより浮き立たせるのだ。




 

 

 

霧にぬれたイタリア

風景今まで私が「イタリア」という国に描いていたイメージといえば

「明るい太陽」「パスタ」「陽気な男たち」「お洒落」「パヴァロッティ」・・

何ともステレロタイプの、それも浮付いたものばかりでお恥ずかしい限りだが、須賀敦子氏の本を読むようになって、そのイメージが少しずつ払拭された気がする。

彼女のデビュー作『ミラノ 霧の風景』を読んだ。

ここで描かれているイタリアは、さんさんと陽のふりそそぐ国ではなく、表題のように、少しくすんだミルク色の霧に包まれている。

だが陰鬱なのではない。しっとりと情感あふれ、かつ知性的な文章は、作者の教養の高さと繊細さを物語っている。

その流れるように美しい日本語の旋律の中に、しょっちゅう私の知らないイタリアの地名や、詩人、作家、宗教観などが出てくる。

あわてて古い世界地図帳を引っ張り出して場所を確認したり、知らない言葉を検索したり・・・・。

読者はある一定以上の教養があると想定しているのか、それとも単に私が無知に過ぎないのか・・・。

だが不親切だとか、高飛車な感じは全くしない。

いちいち注釈を入れたり、説明が多くなったら、せっかくの美しい言葉のせせらぎが止められてしまう。
読者はだから無粋なことは言わずに、静かに身をゆだねればいいのだ。

さて、この珠玉のエッセイ集の中で特に好きなのが「鉄道員の家」だ。

ミラノで生活している氏の周りには、やはり教養の高い人たちが集まっている。大体が裕福で、貴族出身の友人もいる。

その中にあって氏の夫、ペッピーノは貧しい鉄道員の息子だったのだ。

ペッピーノの子供時代は、まさにあのイタリア映画『鉄道員』を彷彿させる。

貧しい暮し、頑固で融通の利かない父、心配性の母、それに加えて、現実の彼の兄と妹は結核で早逝している。

思わず『鉄道員』に出てきた可愛い坊やが、貧しい中苦労しながら勉強し、書店を経営するようになり、やがて日本から来た聡明な女性と結婚するのを想像してしまった。

ちなみに映画の中の主人公の家の間取りは、ペッピーノの実家の鉄道官舎のと、スイッチの位置までそっくりだったという。

さて、幸せな結婚も束の間、鉄道員の坊やだったペッピーノは、5年後、病気で亡くなる。

そして20年以上たち、日本人の妻は、その熱い想い出を書き綴ることになるのだ。

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)

 

 


 

 

 

 

 

 

 

もう1人のフジタ

明治以降の日本の代表的な画家といえば、『藤田嗣治』を挙げる方が多いと思うが、藤田2実はもう1人「フジタ」という苗字の画家がいた。

『藤田隆治』である。

下関美術館で、初めて彼の絵を観た。

彼は山口県の漁師の家の、8人兄弟の長男として生まれた。

そのせいかモチーフには魚が多い。

ピチピチとした、それでいて可愛らしい魚たちのスケッチを見るにつけ、さぞ子供の頃は、漁師の手伝いもせずに、絵ばかり描いて、両親のため息をさそったであろう。

高等小学校卒業後、本格的に絵の勉強を始めるが、最初は日本画が多く、屏風絵なども残されている。
だが、どうも彼の日本画は座りが悪いというか、妙に落ち着かない。

躍動的な彼の筆致に、日本画はそぐわないのかもしれない。

やがて少しずつ頭角を現していくのだが、なんといっても大きな出来事といえば、ベルリンオリンピック芸術競技絵画の部で、銅メダルをとったことだろう。(金メダルは該当者なし)

受賞作『アイスホッケー』は残念ながら行方不明である(戦争のためか、彼の多くの作品は存在不明なのだ)

しかしなぜ、温暖な山口出身の彼が、アイスホッケーをモチーフに選んだのか。

若者たちの激しいぶつかり合い、スピード感が彼の絵心をそそったのだろうか。

そして気になるのが、ヒトラーの謁見があったかどうかだ。

そのあたりはわからない。
彼自身も後に、「当時は有頂天になり過ぎていた」と自戒し、あまりこの件については多くを語らなかったらしい。

やがて戦争が始まり、彼も招集された。その後、経済的な理由から故郷に帰り、不遇の日々を過ごす。

だが1959年、52歳の時に結婚し、伴侶の応援もあって、奮起し再び中央画壇を目指す。

1960〜64年の頃の彼の作品は素晴らしい。

生き生きとした躍動感に溢れ、熱い魂がこもっている。

特に私が好きなのは、『動的な群像』だ。

ラグビーのトライの瞬間を描いたと思われるこれには、にじみ出るような筋肉の力強さを感じる。

そうなると、ますます幻の『アイスホッケー』が惜しい。

生命力溢れた『動的な群像』を描いた翌年、1965年、藤田隆治は、心筋梗塞で亡くなる。57歳だった。

藤田3

 

 

 

 

 


 

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