以前『ブラックホーク・ダウン』という本を読んでいた時、ソマリアに駐留していたアメリカ軍に協力していた現地のスパイが、ロシアンルーレットで死んだ、というエピソードが出ていた。
なぜロシアンルーレットなのだろう、らりっていたのかな、などと思っていたのだが、元CIA秘密工作員、ロバート・ベア著『CIAは何をしていた』を読んで、合点がいった。
この本の中で、ベイルートでヒスボラに潜入するCIAの現地エージェントが、よくロシアン・ルーレットをやっていたのだ。
なんでも狂信的なイスラム教徒が神の思し召しを判断するために、そういう慰みをするらしい。
この著者ロバート・ベアこそ、映画『シリアナ』のモデルになった男だ。
本には、彼が、1997年に退職するまでの、20年に及ぶ工作活動が描かれている(極秘部分は墨が塗られているが)
読んでみて思ったが、これはスパイものというよりも、ビジネス書に近い。彼の仕事の進め方、気配り、そして現地人との交渉やコネの付け方の巧みさ。
イラク、レバノン、インド、タジキスタンといった、先進国の常識が通じない国々相手に命がけの交渉をする、ものすごく優秀な商社マンのようにも見える。
彼がアメリカ人の身分を隠して、アメリカへの憎悪で爆発しそうなシリアのある街に出かけるところなどドキドキする。
だが、現場の人間の努力にもかかわらず、組織というものは大きくなればなるほど腐敗する。それは大企業も老舗料亭も、公務員も、そしてCIAも同じなのだ。
後半は、地の果ての異民族との交渉よりも、ワシントン本部とのせめぎ合いに終始していた。その砂を咬むような虚しさ、いらだち。
結局失意のまま彼はCIAを去っていくのだが、それでも彼は幸せだと思う。
変な言い方だが、子供のころのスパイごっこを大人になってもやっていたのだ。もちろん一般の仕事よりも苦労は多かろうが、何といっても彼は帰ろうと思えばいつでもアメリカに帰れる。
貧困と紛争の続く国で一生過ごさなければいけない現地人から見れば、たとえ辛い任務であろうが、彼は気楽なお客さんなのだ。
それにしても、たとえ腐敗していたとはいえ、優秀な人材と豊富な情報力・資金のあるCIAが、9・11テロを予測できなかったのは、ロバートならずとも、無念だ。