ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

2009年06月

金を粗末にするな

鷲津さん・はあと5月の連休中、テレビで再放送されていた、NHKドラマ、『ハゲタカ』を偶然見、夢中になってしまった。
2年前、土曜の夜に放映されていた時は、都合で見られなかったのだ。

アメリカのファンド、いわゆる「ハゲタカ」が日本企業に仕掛ける壮絶なマネーゲームを描いたもので、練り込まれた脚本、スリリングなストーリー展開でわくわくさせてくれる。

そして何より、主役のアメリカ系投資ファンドの敏腕マネージャー、鷲津政彦に私は魅せられてしまった。

眼光鋭く、冷徹でありながらも、妙に人間くさい。

都会的なクールさと野暮ったさ、人の強さと弱さが何の矛盾もなく同居している不思議な魅力の持ち主だ。

日中対決あと5年もすればメタボかなと思われる体型や、少し後退している前髪も、鋭さの中に、ほっとする安心感を与えている。

演じている大森南朋さんは、舞踏家、麿赤兒の息子さんだそうで、あの子泣き爺のような面妖な父親の息子とは、とビックリした。

さてこのたび「ハゲタカ」が映画化されたので早速観にいった。

映画のストーリーは、中国系ファンドが潤沢な資金を背景に、日本の大手自動車企業を狙っている。

海外で引退生活をしていた鷲津だが、先輩のたっての願いで日本に戻り、中国系ファンドの天才マネージャー、劉一華と対決するという話だ。

鷲津さん、2年前より頬もふっくら、前髪はますます後退しているようで、そこが何ともいとおしい。

ハゲタカと派遣工そして玉山鉄二演じる残留孤児3世、劉一華と、高良健吾演じる派遣工、守山。このイケメン対決も見ものだ。

気になったのは、無理に今の日本に合わせようとして、派遣労働者問題などを絡めているが、どうもやっつけ仕事のような感がすること。

日々めまぐるしく変わる経済情勢において、映画と現実ではタイムラグが生じるのは仕方ないことなので、それよりも、劉一華の生い立ちなどをもっと丁寧に描いてほしかった。

でも、鷲津さんに再び会えただけでも、私は幸せ。

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従順な娘

クーデンホーフ家の次女に、オルガという娘がいる。

才気煥発な兄弟たちの中にあって、彼女は「おばかちゃん」と言われるくらい善良で忍耐強かったという。

すぐ上の姉、エリーザベトはウィーン大学で法律と経済学の博士号をとり、最も優秀な頭脳を持っていると言われていた。

ウィーンに眠るオーストリアの首相ドルフスの秘書を務めていたが、彼がナチスに暗殺されると、パリへ亡命し、じきに病気で若死にする。

そしてすぐ下の妹イーダはウィーン大学卒業後、二十世紀カソリック文学の代表的作家となる。

この2人の優秀な娘たちは、国粋主義で古い道徳感を持つ母に、批判的で、兄たち同様、それぞれ去っていった。

優れた姉妹に挟まれたオルガは、、姉らが母を見限っていく中で、「せめて私だけでも・・」と思ったのだろうか。

彼女は一生独身で母が死ぬまで、そばで世話を続けた。

特にみつが卒中で倒れた後は、彼女の口述筆記を受け持ち、歳をとるにつれてますます頑固で意固地になる母に忠実に仕えた。

1941年、母は死んだが、オルガに自由な生活はなかった。

第二次世界大戦が終わるや、オルガはチェコ兵によって収容所に入れられ、その後難民キャンプで暮らし、ドイツで生活保護を受けながら、貧しく孤独な生涯を終えるのだ。

伯爵家の令嬢として生まれ、世事に疎かったと思われるオルガにとって戦後の暮らしは屈辱的で、辛かったに違いない。

今回『ミツコと七人の子供たち』を読んで、私が一番印象に残ったのは、「パおなじみカサブランカン・ヨーロッパ・ユニオン」を創立し、映画「カサブランカ」のモデルになったという次男のリヒャルトではなく、みつ自身でもなく、このオルガなのだ。

従順、忍耐、献身、まさに明治の婦道そのものではないか。

彼女の姿に、私は正岡子規の妹で、彼が死ぬまで看病した妹、律を思い出した。

子供たちから嫌われていた古い婦道観が、オルガによって体現されたわけだが、従順な娘の、その後の過酷な人生を知ったら、母はどう思っただろうか。

他の子供たちも、戦後はそれぞれ苦しい生活が待っていた。そして、みつは、1941年8月27日、太平洋戦争も戦後の混乱も知らずに、オルガ1人に見とられ、67歳でこの世を去った。

終わり。。

 

 

 

 

 

 

 

母と子の断絶

 『ミツコと七人の子供たち』を読み進めて、面白い事実を知った。

なんとみつは、夫ハインリッヒ伯爵の死後まもなく、ハンガリーのさる伯爵の男性と恋に落ちたというのだ。

伯爵夫人みつは結婚を申し込むも、先方は七人の子供の責任は負いかねると、あっさり断った。

この時の彼女の心理はどうだったのだろうか。

34歳の女盛り。優しい夫が死に、異国の地で14歳を頭に、七人の子供を育てなければならない。

きっと恋愛という甘い感情よりも、とにかく自分を支えてくれる男性が必要だったのだろう。

だがそれも叶わず、みつは、厳しい母として生きていった。

そのかいがあってか、彼女の子供らはみな優秀で、七人のうち三人が博士号を取り、二人は有名な作家になった。

だが成長するにつれ、子供たちは母親に反発し、疎遠になってしまう。

まず、彼らクーデンホーフ家は、古くからハプスブルク家に属する貴族の家柄で、ハプスブルグ家には、歴代外国から嫁をもらうのが普通の、多民族世界構造があった。

子供たちも、成長後はそれぞれドイツ人、フランス人、オーストリア人、無国籍者とばらばらだ。

全体主義、民族主義、国粋主義といった考えはチリほどもないし、それがまたこの文化のモザイクのような土地で生きていくための知恵なのだ(その均衡が壊れた時、世界大戦が起き、ボスニア紛争が起きたわけだが)

だがみつは、愛国者であり国粋主義者だった。

人は対象と離れれば離れるほど、その愛国心は純粋培養される。

ブラジルに移民した日系人の家に、天皇陛下の肖像画が飾られてあったり、その子孫らが日本の唱歌を見事に歌い上げたりはよくあることだ。

みつは21歳で日本を離れて以来、一度も帰っていない。そのため彼女は日本の本を読みあさり、特に新渡戸稲造の『武士道』に心酔した。そして日本に対して、想像を膨らませてしまったのだろう。

光子の二男日露戦争で日本が勝利した時、当然みつは大喜びした。だが夫は子供たちに両方の国の名誉を重んじるように、国粋主義的な見方をしないように、さとしたという。

どんな戦いにも必ず両陣営に友人や親戚、家来がいる欧州型の貴族の考えに、「単一民族」出身のみつはなじめなかったようだ。

父の考えを受け継いだ子供たちは、しだいに母親に対して距離をおくようになり、すると彼女はまずます意固地に、古い日本の道徳観をもつようになる。

やがて長男がサーカスの娘、次男が14歳年上の女優など、母の意にそまぬ結婚で家を出ていき、弟妹たちもそれぞれみつから去っていったが、ただ一人、生涯独身で、みつのそばに仕えた娘がいた。

続く。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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