ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

2009年08月

 最近、伊坂幸太郎著『ラッシュライフ』を読んだ。

氏の作品を読むのは恥ずかしながら初めて。

映像化されたものは結構観ているのだが(『重力ピエロ』『「死神の精度」』『アヒルと鴨のコインロッカー』『チルドレン』など)、何となく読みあぐねていたのだ。

さて、この『ラッシュライフ』だが、小説というよりも、1枚の壮大な騙し絵といった様相だ。まるで文中にも出てくる、エッシャーの騙し絵のような。

そして、最初のうちはちょっと辛いというか、わらわらと出てくるそれぞれ立場の違った登場人物たちに戸惑ってしまうが、一旦全体像が見えてくるとそこからいきなり流れが速くなる。

5つの物語を複合的に絡ませ、クライマックスに持っていく手法は面白い。だが、時間軸もそれぞれバラバラというのが最後で分かるというのは、反則とは言わないが、何となくあざとい感じがする。それとも私が伊坂初心者だからだろうか。

そしてやはり最後の方で、ある男が共犯者とペラペラとネタ明かしをし、それを誰かが物陰から聞いている、というシチュエーションも、ちょっと安直かなという気が。

でも、登場人物たちはそれぞれ個性豊かで、真摯だが、どこか抜けていて憎めない奴らばかりだ。
私が一番好きなキャラは、「京子」という女性。悪女に見えながらも、まるで「ヤッターマン」のドロンジョ様のような可愛らしさがある。

結局、一番性悪に見えた京子が、一番不運だった気が。

君は僕のなにを好きになったんだろうさて、私が伊坂氏の作品を読もうとしたきっかけは、ある本に載っていた氏の話だ。
彼がシステムエンジニアとして働きながら小説を書いていた頃、通勤時ウォークマンで聴いていた斎藤和義の『幸福な朝食 退屈な夕食』の、
♪今歩いているこの道が いつか懐かしくなればいい♪とい歌詞に、ハタと思い、そして会社を辞め、作家一本になる決意をしたという。

この話にはびっくりした。私も斎藤和義が好きで、特にこの『幸福な朝食 退屈な夕食』は大好きな曲なのだが、聴くと鬱になる曲でもある。
人の焦燥感を煽るというか。単調な生活をしている人、このままでいいのかと思いあぐねている人には、ドキッとする曲だ。

そういえば斎藤和義の曲に『ベリーベリーストロング〜アイネクライネ〜』というのがあるが、これは伊坂氏が斎藤氏のために作った短編『アイネクライネ』を原案にしたものだそうだ。今頃知った。

改めて『ベリーベリーストロング』を聴いてみると、確かにそこにあるのは伊坂ワールドだ。

気の弱い俺、生真面目な会社の先輩、親切な女性・・・・。
そして歌詞の中の街は新宿でも渋谷でもなく、地方の都市、澄んだ空気と緑にあふれた、杜の都、仙台そのものだ。(行ったことないけど)

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429先日読んだ、佐々木譲著『笑う警官』のベースになったものは、2002年に北海道警察で実際に起きた「稲葉事件』だ。

2002年7月、北海道警察の稲葉警部が、覚醒剤取締法違反で逮捕される。

現職警察官が覚醒剤使用で逮捕されるのは異例なことだが、その後彼の直属の上司が自殺し、情報提供者だった男も、札幌拘置所内で謎の死を遂げる(警察発表は自殺)。

稲葉氏は以前「警視庁登録50号事件」と呼ばれる、自ら囮となって、拳銃摘発のための潜入捜査を行い、その筋に身元がばれ、追われる身になっていた。

まるで「インファナル・アフェア」の世界だが、有能な彼は、けた違いの拳銃摘発数も誇っていた。
だが情報提供者への謝礼、また身を守るための経費を得るために、覚醒剤取引に手を出していく。

そして当時の上司たちは、そんな彼の行為を知りつつ、甘い汁を吸い続け、彼の活躍のおかげで出世していくのだ。

事件発覚後、道警本部は、「一つの所に長くいるから警察官の癒着や腐敗などの問題が生ずる」と決めつけ、「一つのセクションに7年在籍したら配置換え、一つの地方に十年いたらば別の地方へ異動」という方針を打ち出した。

つまりベテラン刑事や地域の情報に詳しい警官が減少するわけだ。

この「羹に懲りてなますを吹く」ような人事のおかげで、素人に毛が生えたような刑事たちが奮闘するのが『笑う警官』なのだが、その逆が、さっき読み終えた『制服捜査』である。

『制服捜査』の主人公、川久保巡査部長は、札幌のベテラン刑事だったが、人事異動で十勝地方の小さな駐在所に単身赴任する。

人口六千人の小さな町、派手な事件など起こりそうにない場所、でも川久保は、腐ることなく、町の人たちと真摯に向き合っていくのだ。

やがて読んでいくうちに気がついた。

この小さな町には、素朴な町民と、新任駐在さんの心の交流といった、甘ったるいものはいっさいない。

あるのは今の日本をぎゅっと凝縮したような生々しい町の現実だ。

いじめを受けている高校生、犬の虐殺、ネグレストされる少年、連続放火、祭りの日の女児の失踪・・・・・。

そしてもう一つの問題は、町から犯罪者を出したくないという、事なかれ主義の人々の存在だ。

これはある意味、犯罪者よりたちが悪い。

そんな善良な人たちとの戦いが、この短編集を、うわべだけではない、より深みのある、重厚なものにしている。

人口六千人の寒村を舞台にしながら、伏線もしっかり仕込んだ、素晴らしい警察小説だ。

それにしても、私は稲葉事件をほとんど知らなかった。
同じ北海道でも、当時は鈴木宗男事件がマスコミを賑わせていたなあ。

北海道の人たちはどう考えていたのだろう。

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久々に月刊誌『文藝春秋』を買った。9月号。
芥川賞受賞作『終の住処』を読みたかったのだ。

芥川受賞といえば何よりの楽しみは、山田詠美氏による、候補作への、切れ味鋭い悪口もとい選評を読むことなのだが、今回も絶好調だ。

森この辛辣な批評を読むと、逆に読んでみたくなるのは、彼女の人徳だろうか。

見事芥川賞に輝いた人は、三井物産次長なんだ、へぇ「時間」と「家族」の物語・・・。家族ねぇ、あまり興味ないしぃ、でも詠美さん、めずらしく推してるし〜。

躊躇していると、ふと、「総力特集・そのとき私は戦場にいた」が目に入った。
20人の著名人による戦争体験を生々しく語ったものだ。

芸能人、作家、学者、企業家など、あらゆるジャンルの方がいるが、当然、みな80歳、90歳を超えている。

10年後、このうち何人の方がご存命だろうか、そう思うと貴重な体験記だ。まずこちらが先だ。

当時、軍人だった人、下っ端の兵隊、疎開先の生徒、勤労奉仕の若者、満州の引揚者、外地慰問団だった人など、あらゆる立場から戦争をとらえている。

やはり悲惨な体験が多いが、その中で森光子さんの話は興味を惹いた。
慰問団の歌手として中国大陸を回っていた20代の彼女は、南京で、海軍の大尉と出会い、恋に落ちる。

その人は何と、南京国民政府、汪兆銘閣下の護衛官をしており、どうやら両想いだったらしい。
その後、日本の名古屋で二人は再会する。ちょうど汪兆銘が名古屋の病院に入院していた頃だ。

その後、その男性は森さんの実家、京都を訪れるが、あいにく森さんは東京へ行っていて留守。
彼は、家族の方に「お嬢さんをいただけませんか」と頭を下げたという。

それを最後に男性の消息は不明。
戦後、「戦犯として逮捕、処刑された」「名古屋で病死した」「ピストルで自殺した」など、さまざまな報せがあったという。

森光子さんって、ずっと独身で、あまり浮いた話も聞かなかったけど、こういうロマンスがあったのかと知ると感慨深い。

さて、終戦時、16歳だった人も、今はもう80歳。

記憶が美化されないうちに、一刻も早く、多くの話を聞き、後に繋げることが私たちの責務だと思う。

・・・・ところで、芥川賞の方は、どうしたんだっけ。

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先日の、佐々木譲著『笑う警官』がなかなか面白かったので、道警シリーズ2作目『警察庁から来た男』も引き続き読んでみた。

内容は、北海道警察本部に異例の、検察庁からの特別査察が入る。監察官は警察庁のキャリア、藤川警視正。

藤川は、半年前の薄野での客の転落事件がろくに捜査もせずに事故扱いされていること、また人身売買組織から逃げ出したタイ人の少女を逆に道警が、暴力団へ引き渡した疑いなどをあげ、徹底的な査察を始める。

同じころ、道警の佐伯警部補も別ルートで、薄野の転落事件を追うことになる。

キャリアとノンキャリア、立場も考え方も違う2つのチームが、時に反目し、または協力し合いながら、並行して捜査を進め、やがてクライマックスでの邂逅を迎えるのだ。

いやあ胸のすく、爽やかなラストである。

途中道警の内情を知るたびに、なんだかぁ〜という不信感を覚えたが、読後の爽快感が、まあ警察もまんざらではないな、と思わせる。

笑う警官名作とは言わないが、小気味よい佳作というべきか。

佐伯警部補はもちろん、津久井巡査部長、小島百合巡査、新米の新宮巡査など、前回馴染みのメンバーたちが、また活躍するのも嬉しい。

そして今回登場するキャリア組の藤川警視正。

最初はいけすかない男だなと思ったのだ。

スター・バックスのカフェ・ラテを頼んだのに、違うのが来たといっては、女子職員にネチネチと文句を言ったり、退職後の再就職を心配する地元警察官に、「退職後の問題って、そんなに大事な問題なのか?」って無邪気に尋ねたり・・・。

だが、最後になって分かるのだ。

ああ、この30代の警視正、実は目一杯突っ張ってたんだって。

さて、有能で優れた統率力がありながら、上から睨まれ、閑職につかされている佐伯警部補。
パソコンが苦手でアナログだが魅力的な彼は、次回、どんな活躍をするのだろうか。

警察庁から来た男 (ハルキ文庫)
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佐々木譲の警察小説『笑う警官』を読んだ。

この作品、元々『うたう警官』というタイトルだったのを文庫化にあたり改題したとの事。

ただ『笑う警官』だと、スウェーデンの作家マイ・シューヴィルとペール・ヴァールーのマルティン・ベック・シリーズに同名作品があるらしい(私は未読だが)。

何でも若い頃の角川春樹氏が、マルティン・ベック・シリーズを手掛け、大成功を収めたらしく、彼が半ば強引に改題したらしい。

読後、やはり当初の『うたう警官』の方がピッタリだと思ったのだが、まぁハルキのわがままは置いといて、とても読み応えがあり、夢中になった。

内容は、北海道警察本部の婦人警官が死体で発見される。被疑者は交際相手だった同じ警察官。
そして道警トップは、被疑者津久井巡査部長に対し、強引な射殺命令を出した。

かつておとり捜査で津久井と組んだことのある佐伯警部補は、彼の無罪を信じ、ひそかに同志を集め裏捜査を開始する。タイムリミットは翌朝の10時まで。果して射殺を食い止めることが出来るのか・・・・・。

さて、警察小説と言うと、高村薫氏の作品を思い出すが、薫さん、何で警察の内部事情にこんなに詳しいの!と驚くほどの緻密で圧倒的な情報量に唖然としたものだ。

ただ薫氏の作品の登場人物は、いわゆるキャリア組が多く、頭脳明晰で眉目秀麗、それはそれで面白いが、ちょっとミーハーな気がしないでもない(←てか、何この上から目線!)

その点、この『笑う警官』に出てくる警官は主人公を含めてほとんどがノンキャリア。

しかも北海道警トップの理不尽な「捜査員に専門性を持たせてはならぬ」という意向から、大幅な人事異動が行われたばかり。

つまり刑事事件には素人ばかりの警察官が、現場を受け持つことになったのだ。

キャリアとノンキャリアの壁、慣れない捜査、情報不足、スパイの存在、あらゆるハンデを乗り越えながら、真相を究明していく男たち(女もいるが)の姿はたくましい。

しかも彼らが、いかにも野暮ったいおやじばかりだというのも良い味出している。

何ページに一回は炸裂する強烈なオヤジギャグには目眩がしてくるが、そのあか抜けなさが、いかにも実際の警察だよなぁと納得する。

ところで、主人公佐伯の回想の中で、津久井と組んだ人身売買組織摘発のおとり捜査の顛末が描かれているが、これがかなり緊張感があって本筋よりもドキドキした。

3か月ほどのおとり捜査の後、佐伯は人格が崩壊し妻と別れ、相棒の津久井は1年間、重いPTSDとなった。

そうなると映画『インファナル・アフェア』で、主人公ヤンが10年間潜入捜査官だったというのはどれだけ強い精神力なんだ・・・・。

閑話休題。この道警もの、シリーズ化されているようなので、次回の作品も読んでみたいと思う。

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