0377初めてゼンリンの住宅地図を見たのはいつだったか・・・。確か高校時代、お中元配達のバイトをしていた友達から見せてもらったのが最初だ。

まず自分の家を探してみる・・・たまげた。

自分の家の形状や、当時庭に建てていたプレハブの子供部屋までしっかり載ってある。

その緻密な仕事ぶりに感心する反面、全くのプライバシーである家の住所や個人の名前を堂々と本に載せて商売するのってどーよ、と思ったのも確か。

現ゼンリン社長の原田氏によると、住宅地図を作るさい、玄関の表札で名前を確認し、表札のないところは訪問して名前を尋ねるのだという。そしてそれは個人情報保護法には抵触しないらしい。

でも何かおかしい。わが家の場合、宅配や郵便を配る方が困らないように、また家を訪ねてくるお客様の目印になるようにと思い、表札を出しているのであって、不特定多数の人々に情報をばら撒いても良いとは思っていない。

例えば、わが家の町内に、長年連れ添って仲は良いが、正式に結婚していないご夫婦がいる。彼らの家をゼンリン地図で見たら、やはり苗字の違う二つの名前で表記してあった。ご夫婦の同意を得た上なら良いが、そうでなかったらこれはちょっと問題だと思う。

さて、数々の疑問が残る中、ゼンリンは急成長し、地図は紙からデジタルに移行し、その多くはカーナビに使われている。

そして、この会社をおおいに飛躍させた立役者、ゼンリンの最高顧問 大迫忍氏が6月18日亡くなられた。享年59歳。

社内の大反対を押し切って地図のデジタル化を推し進めた先見の明には感服する。まだカーナビなんて予想だにしていなかった1982年の頃だ。また同族経営を排し、3人の息子たちのいずれも入社させなかった。そして55歳で社長を退任すると、地元の経済活動に専念する。破綻したそごうの後継テナント誘致に東奔西走し、他にも経営難に陥った数々の企業に支援の手を差し伸べている。

大迫氏のあまりにも清廉で、無私な心意気。もちろんそれは、元々の氏の資質なのだろうが、意地悪な見方をすれば、他人の個人情報を売ることで大きくなったという、後ろめたさもあったのではないか。

 また聞くところによると、氏は常々「私の師匠は伊能忠敬」と言っていたらしい。

養子先の家業を大成功させた後、49歳で隠居した伊能翁は50歳で江戸に出て学問を始め、全国を測量して歩き、あの正確無比な日本地図を作り上げると、72歳で死んだ。

氏も、引退後は翁のような第二の人生を歩みたかったはずだ。志半ばでさぞや心残りだったろう。

たぶん氏も悩んでいたと思われる、個人情報との折り合いをどう付けるかが今後のゼンリンの課題だと思うが、今はただただ早すぎる大迫氏の死を悼み、ご冥福を祈るのみである。

 

    

  
伊能忠敬―生涯青春