0071元大関の貴ノ花(二子山親方)が亡くなって一ヶ月近くになる。現役時代を知っているものとしては、静かに思い出話にひたりたいのに、マスコミは相変わらず下らない兄弟げんかをあおってばかり。情けない。

花田満少年(貴ノ花)が中学三年でバタフライの日本新記録を出した時の新聞の見出しをなぜか覚えている。確か「日本の水泳界を救う男、花田」みたいなことが書かれてあったと思う。(何しろ大昔の事なので正確ではないが)

てっきりオリンピックを目指すものと思っていたのに、貴ノ花はそれからほどなく相撲界に入門した。

私はガッカリしたものだ。なぜなら相撲は年寄りくさい退屈なスポーツだと思っていたから。それよりオリンピックでの勇姿を見たかった。

でも、貴ノ花の登場によって相撲界は変わる。デブのうっとうしいお相撲さん(まぁ子供の目なもんで)の中で、すらっとしてカモシカのような足で気品のある顔立ちの貴ノ花は、多くの人たちの心を打った。

取り口がまた泣かせるのだ。小さい体なのに決して立会いで変化をせず、いつも真っ向から向っていく。その悲壮ともいえる姿が、彼の憂いある顔立ちと相まって、まさしく日本人すべての琴線にふれたのだ。

そう、彼はいつも悲しそうな表情をしていた。それは小兵であることへの悩みか、兄の初代若乃花に対する劣等感か、自ら捨てたオリンピックへの思いなのか、わからない。

後に初代若乃花は、実の弟である貴ノ花でなく、彼の弟弟子である若三杉に、「若乃花」の名を譲っている。

「二代目若乃花」として横綱土俵入りをする弟弟子の晴れ姿の後ろで、うなだれた表情で太刀持ちをしていた貴乃花が忘れられない。

私は思った。なぜ貴ノ花に「二代目若乃花」を襲名させてあげなかったのだろうか。体は小さいが実力人気とも天下一品なのに。異議を唱えるものは誰もいなかったはずだ。

蛇足だが、二代目若乃花(今の間垣親方)は初代若乃花の娘と結婚するが(政略結婚か?)やがて離婚し、意中の人と再婚して部屋を離れている。相撲界のドンとコネを作るより、恋人を選んだ間垣親方ってなんか好きだ。

さて、6月25日の毎日新聞文化欄に、ノンフィクション作家の後藤正治氏がコラムを書いており、元大関貴ノ花のことを、やはり悲哀感がつきまとう人と述べている。

勝負の世界にいながら、常に悲哀感を漂わせていた人。

その美しい残像を、つまらぬ茶番劇で汚したくない。今はただそう願うのみである。