0175マジックインキの匂いが好きだ。臭いと言うべきか。子供の頃、マジックインキをうっとりと嗅いでいる姿を友だちに見られ、気味悪がられた記憶がある。

シンナーなどの有機溶剤も好きだ。街を歩いて塗装現場などを通りかかると、興味があるふりをして立ち止まり、あのにおいを思い切り吸い込む。シンナー中毒といった悪癖に染まらなかった理由は簡単。何事も真摯に取り組まない性格が、良い方に作用しただけだ。

さて、過日「ぼくの美しいひとだから」という映画の紹介を拙ブログでさせていただいたが、グレン・サヴァンの原作を最近読んだ。原題は『WHITE  PALACE』。これはアメリカにある低価格がとりえのハンバーガーチェーンの名で、何ともアイロニー漂う題名ではある。

そして、読んでみて驚いたが、この作者は「においフェチ」じゃないかと思うほど「におい」の描写が多い。

清潔に気を使い消臭剤を愛用していた妻、ホワイトパレスの安物の玉ねぎと肉の混ざった強烈な臭気、だらしない年増おんなの体臭、彼女のアパートのすえた臭い、嫌悪しながらもその女にずるずる惹かれて行く27歳のエリート広告マン、マックス。

そしてわかった。匂いの描写が多いのは、主人公マックスが病的な潔癖症だからだ。当然匂いにも敏感だ。

だが、きれい好きでインテリで潔癖症の彼が、表面的には正反対と思われる女ノーラを激しく求め狂おしく愛し合う。

最初「ピグマリオン」風だった2人の関係が少しずつ崩れ、逆転の様相を呈してくるのが何とも小気味よい。

 男女の愛の深遠など今だもってよくわからない私だが、マックスにとってノーラの匂いが、マジックインキであり、有機溶剤だったのかもしれない。

他人の「におい」を愛おしいと思ったらもう「恋」だ。当り前すぎる真実にやっと気づいたマックスの行動が健気で泣かせる。

読後の感想としては、除菌・消臭に血道を上げるのも、ほどほどにした方が良いということで。

    


ぼくの美しい人だから