ちょっと前だが、2000年5月の西鉄高速バスジャック事件の犯人が、重傷だった加害者の女性と会い、謝罪したというニュースを聞いた。
あの少年がもう22歳になったのか・・・。

当時、西鉄高速バスは、料金が手頃で便利なので、よく利用しており、突然、日常生活の中で起こった事件に背筋の冷える思いがした。
少年が恐ろしかったのではない。一定の割合で異常な行動を起こす人間はいるもんだ。そんな人に遭遇するかしないかは、“運”でしかない。

何より印象に残ったのは、殺された人や最後まで人質になったのが、老運転手を除いて、6歳の女の子を初めとする女性ばかりであったことだ。男性の乗客たちは少年の指示で途中下車したり、あるいは窓から飛び降りている。

もちろん責めるつもりは毛頭ない。もし私がその場にいたら誰よりも一目散に逃げようとしただろう。

ただ、その事により私の頭の中にぼんやりあった「男は女を守ってくれるもの」という漠然とした神話が消えてしまった。

深夜見るテレビ洋画劇場では、事故で船が沈没しかかった時、「まず、女性と子供を救命ボートへ」と、男たちがたくましい腕で女たちをボートに乗せ、彼ら自身は荒波の中を泳ぎ、あるいは船と運命を共にしていたではないか。
そういうものを見るたび「ああ、女子供に生まれて良かった・・・」と思っていた私は、バスジャック事件における男性たちの行動に、理解はするが、やるせない気持ちになった。

またそんな男性たちの行動を「まるで見てなかったかのように」口をとざしているマスコミも気になる。

ところで最近、母親を毒殺しようとした女子高校生の事件があったが、あれもこのバスジャック事件に共通するものを感じる。

女子高校生は多くのサインを出していた。学校で、薬局で、ブログで。でもだれも助けようとはしなかった。

どちらも、異常行動をする人間もさることながら、ごく日常の中に潜んでいる残酷さが心に残る事件であった。