『クラッシュ』という映画を観た。アメリカのロサンゼルスに暮らす人々が繰り広げる、ほぼ1日のドラマである。そして物語はお互いが有機的に絡み合い、ほろ苦いラストへと収斂される。
そしてこの群像劇の中心は「差別」だ。
冒頭のシーン、追突した車から出てきた人が相手の車に向って「こいつはメキシコ人だから〜」と怒鳴っているのを見、ちょっとうなってしまった。映画だから話半分としても、日本で、あからさまに他の人種をののしる人がどれほどいるだろうか。少なくとも私はそんな経験はないし、たぶん死ぬまでないと思われる。
自己主張の強いアメリカにおける「差別感」は、日本のそれとはかなり異質のようだ。心して見なければ。
さて、誤解を恐れずに言えば、「差別」は、悪ではないと思う。異質なものに対して警戒するのはごく自然な人のいとなみだ。まったくボーダレスになったら、家の中にどんどん雨水が入り込んだくるわ、自分のものはわけわからなくなるわ、大変である。
もちろん「差別」でも、なんとなくあんな人たち嫌い〜、と言うような情緒的で、皮膚感覚的なものは、理性で駆逐しなければならないが。
厳重なドアであろうと、壊れた垣根であろうと、境界は必要である。
ただ、この物語は、「差別」と「銃」が結びついており、それが大きな悲劇を生んでいる。
「銃」がなくなったとき、きっとアメリカの街のあちこちで、天使の羽根が空を舞うことだろう(詳しくは映画を見てね)
コメント
コメント一覧 (4)
このたび、作品賞に当選されました、って・・
そういえば、このたび主演女優賞をとった、リース・ウイザースプーンの旦那、ライアン・フィリップ(ちょっと福山雅治似)が「クラッシュ」の中で、重要な役をしていました。
まぁとにかく受賞ありがとうございます(って誰にいってんだか)
アメリカは国の裏面も作品として描け、公開できる国なのだと改めて思いました。作品賞は妥当な判断だと思います。
そういえば日系人も出てきませんでしたね
(あの、ペルシャ人の店に来た保険調査員がそうなのかなあ)
良い映画だが、しぶく脚本賞ぐらいかなと思っていたので作品賞は意外でした。アメリカも、まだまだ捨てたもんじゃないな。