映画『ホテル・ルワンダ」を、やっと観た。観に行かねば、と思いつつも、決心がつかず、ずるずる伸ばしていたが、今日、重い腰を上げて映画館に向ったのだ。

気が重かった理由として、1994年に見た、ルワンダ大虐殺の写真や映像のあまりの残酷さが心に残っていたかもしれない。

手、足、胴体をナタでバラバラにされ、川に捨てられた死体の山。川は血で真赤に染まり、まさに血の池地獄。
ツチ族の人たちは、フツ族の民兵に金を渡し、どうかナタではなく銃で殺してくれと哀願したという・・・・。

百万近くの人間が虐殺されたこの事件に、怒りよりも恐怖を覚えた私は、「遠いアフリカの地で起きた、何かおぞましい事件」ということで、封印してしまった。はい、自分はヘタレです。
私の住む地元では、ルワンダ救済のNGO団体が活動を始めていたが、自分はそれ以上ルワンダの事を知ろうともしなかった。

映画の中で、テレビカメラマンがいみじくも語っている『虐殺の映像を見ても人々は、「まぁ怖いわね」と言うだけでそのままディナーを続ける』

まさに自分がそうだったのだ。

さて、映画を見ている最中、この登場人物たちが、あの残酷な殺され方をするのか〜と思いドキドキしていたが、リアルな残虐シーンは押さえられていてひとまずホッとした。

主役のポールを演じたドン・チードルは、『クラッシュ』で、中流黒人の悲哀をかもし出していたが、この作品でも、「中流以上だが、しょせん黒人」という複雑なスタンスを見事に現していた。

どんなに仕事が出来て優秀でも、せいぜい支配人止まり、オーナーにはなれない。普段は支配階級と同じぜいたくをしていても、結局、支配層は、彼を同等として見てはいなかったのだ。

だがこのポールの交渉力はすごい。ある時は賄賂を使い、誉めたり、おだてたり、はったりをかましたり、知恵と話術でひたすら危険を乗り切っている。
平時ならば、口八丁のやな男に見えないでもないが、危機の最中にあっては彼の話術だけが唯一の武器なのだ。

ところで、特に印象に残ったのに、国連軍が、ルワンダ国民を見捨て、外国人だけを退去させるシーンがある。

白人だけが退去のバスに乗るのを、じっと見つめている多くのルワンダの女や子供たち。
男性のテレビカメラマンが、地元で親しくなった女性の「助けて・・」の声を背に「自分が恥ずかしい・・・」とうつむきながら雨の中バスに向う。そんな彼に律儀に傘を差し出すホテルマン。
助かった外国人たちが、申し訳なさそうにうなだれてバスで去っていくシーンは、静かだが、その冷酷さには胸が締め付けられた。

さて、ルワンダでは元々フツ族やツチ族などなく、第一次大戦後、ベルギー人が、外見で、てきとーに決めたものらしい。お互いを敵対視させるために。
例えれば、日本を植民地にしたアメリカが、日本人の顔の造作だけで、弥生族、縄文族と分けたようなものか。

人間って愚かだ。つか自分もその1人だが。