戦争と言うものは、人の心に麻酔をかけるらしい。普段は穏かな家庭人であり良き市民でもあった人が、ひとたび戦争となると、平時では考えられない残酷な行為に走るのも、この麻酔が影響しているのだろう。

戦後育ちの者が、親の世代の戦争犯罪を恥じ非難するのは当然だし、それは健全な考えだとは思うが、しょせん麻酔をかけられた経験のないものが、どこまで彼らの心の奥底を理解する事が出来るだろうか(それともあえて理解しないのが良いのか)

『朗読者』という本を読んだ。作者はドイツ人で法律学の教授でもあるベルンハルト・シュリンク。

読み始めてしばらくは、ちょっと気持ちが悪かった。15歳の少年ミヒャエルと36歳のハンナはふとしたことで出会いたちまち恋人同士になるのだが、この2人、どうも魅力が感じられないのだ。15歳の中坊は、下衆な言い方をすれば、ただひたすら「やりたい!」だけで、それでいてこの中年女を見下しているところがある。いけ好かない。
女の方も、いい年をして妙に感情的で、時々意味不明な行動をとる。第一少年を「坊や」と呼ぶのが気持ち悪い。途中で読むのを止めようかと思ったくらいだ。

やがて女はベッドで少年に本の朗読をせがむようになる。そして7年後・・・・・。

アウシュビッツの女看守だった罪を問われ、法廷の被告席に立っているハンナを、大学で法律を勉強しているミヒャエルは傍聴席で見つめていた。

ハンナは収容所の看守だった過去の他に、もう一つ弱みがあった。そのため裁判では不利な状況に立たされ、主犯に仕立て上げられ重い刑に処せられる。ミヒャエルはその事実を知っていながら助けることが出来なかった。

法律を学んでおきながら、生涯最初で最高の女を救えなかったミヒャエルの屈折は死ぬまで続くだろう。

救いたかったけど出来なかった。手を伸ばせば届くのに力及ばなかった。現実とはそんなものなのかも。平時でも戦争中でも・・・。