中学生の頃、大ヒットした映画に、『ベニスに死す』というのがあった。作品の内容よりも、美少年タッジオ役のビョルン・アンデルセンに人気が殺到し、彼は日本のチョコレートのCMにも出演した。

私も友人に誘われて映画館に足を運んだが、退屈で退屈で殆ど寝ていたような気がする。

「耽美」という優雅な言葉とは無縁のガサツな中学生には、苦痛以外の何物でもなかったが、それ以降、日本の少女漫画には単純な学園ラブものとは違う「耽美派」というジャンルが確立されたように思う。

さて、今更ながらトーマス・マンの『ヴェニスに死す』を読んでみた。

ゲーテは、イタリアを溺愛していたが、同じドイツの文豪トーマス・マンの描くイタリア紀行は、明るい光もなく重苦しい空気に満ちている。

社会的に大成功し、国中の尊敬を集めている芸術家、アシェンバハは何物かに取り付かれたようにイタリアのヴェニスに旅立ち、そこで美しい少年に出会う。
偉大な芸術家は、やがて一人の醜い老ストーカーとなり、港町の疫病と腐臭の中で心身ともにボロボロになっていく。

この時、アシェンバハはまだ50歳。恋だって可能だし、自分の名声を利用して少年と知り合いになることだって出来たはずだ。

だがのぼせ上がった大芸術家は、すっかり自分の立場を忘れ、常軌を逸する行動に出、やがて幸福な最期を迎える。

しみじみと羨ましく思った。愛に溺れ、陶酔したまま死を迎える。こんな幸福なことがあっていいものだろうか。

美少年タッジオと同じ年では分らなかった事が今、アシェンバハに近い年になってやっと理解できたように思う。長生きはするもんだ。

ヴェニスに死す