ふと思い立って、辺見庸氏の『もの食う人びと』を読んでみた。

1994年のベストセラーであるルポルタージュを、何で今、と思われるだろうが、日本中が総グルメブーム(まぁマスコミが騒いでいただけだが)だった当時、どうよ!とばかりに上梓されたこの作品に、何かあざとさを感じて読む気が起きなかったのだ。

さて、10年過ぎた今読んでみて、まったく古さを感じなくて驚いた。つか「このノンフィクション古いよ」「今どきこんなのないよ〜」というのが、本来喜ばしき状況なのだが、それだけ紛争による飢餓は、ますます悪化してるということか。

ルポ自体は大変面白く興味深いものだったが、一つどうしても気になるのが、時おり出てくる作者辺見庸氏の私見だ。
百戦錬磨のルポライターにしては、考え方が凡庸といか底が浅いというか。

たとえば飢餓で多くの国民が亡くなっているソマリア。そこの国連軍の食堂には、イタリア、ドイツ、アメリカなど国別のメニューがあり、例えばイタリアの兵士なら、サラダ、あさりのリゾット、牛肉の煮込みなどを食べている事に対し、氏はかなり憤慨している。

そんな・・・・、青二才じゃあるまいし、確かにソマリアの飢餓は悲劇だが、それと兵士が郷土料理を食べるのは別でしょう。
この人どうも、軍=悪、民衆=気の毒な人びと、というステレオタイプに凝り固まっているような気がする。

よく考えてみれば、世界中の紛争地域に出かけていくと言う事はスゴイ贅沢なことだ。ただの大名旅行なら、金さえあれば出来る。
でも辺見氏のような旅は、選ばれた人しか出来ない。お金だけではなく権力とコネを持ち、法律上の手続きをクリアしなければ、砲弾の飛び交っている地域への渡航は許されない。そして安全、通訳の確保、健康と体力があること。まさにエリートだ。

ところで、この本の中に、辞任を余儀なくされた某国の辣腕大統領が出て、ある罪を打ち明けている。それは・・
『テレビを見ながらだね、ワッフルであるとか、その、お菓子をだね、食べるようになってしまった』

消え入りそうな声で語ったと言う。

この元大統領の謙虚さが辺見氏にもあれば、もう少し味わい深い作品になっていたのでは、と思ったのが私の読後感である。

もの食う人びと