今話題の映画、「フラガール」を観に行った。

あまり期待してなかったのだが、どうして面白く、日本映画では久々に堪能させてもらった。

内容は、昭和40年、閉山が相次ぐ炭鉱の町、福島県いわき市。町を救うため「ハワイアンセンター」が建設され、炭鉱の娘達が、ハワイアン・ダンサーになるべく特訓を受けることになる。

最初は戸惑っていた田舎娘たちも、やがてダンスの魅力にひかれてゆき、鬼先生の下、町の人々の偏見や数々の障害にもめげず、立派なハワイアンダンサーを目指して努力を重ねる・・・・と言う、まったくベタな内容なのだが、気持ちよく涙が流せた、さわやかな作品であった。

役者はみな素晴らしかったが、特に富司純子さんが演じた、一本気な母親は、70年代、緋牡丹お竜の藤純子を彷彿させ、しびれた。

だが、ひねくれ者の私は考えてしまう。たとえフラダンスが成功しても、それだけで町は救えない。

ハワイアンダンサーの栄えあるお披露目の日、蒼井優演ずるチームリーダーのお兄さんは、いつものように炭鉱に向う。
ダンス仲間の一人は、父親が解雇されたので、寒い北国の炭鉱への引越しを余儀なくされた。

まともに考えれば炭鉱に未来はないのだが、多くの男達がヤマに執着し、転職した仲間を冷たい目で見る。

これほど、時代の波に乗るというのは至難の技なのだ。特に炭鉱の男にとっては。

産業の転換期において、このような悲劇はなくならない。
娘たちの晴れやかなフラダンスは、そんな男達(女もだが)への心強いエールのようにも思われた。

フラガール