カポーティトルーマン・カポーティの名作「冷血」が出来るまでを描いた映画、『カポーティ』を観に行った。

そこで「朗読会」なるものを初めて知る。作家が、関係者やプレスを招待して、未発表の新作を朗読するのだ。

考えてみれば字を書いたりタイプを打ったりするのは間接的な作業だ。新作を渇望している人々の前で、ダイレクトに自分の肉声で物語を伝え、人々がそれに感動し、スタンディングオベーションする。

作家にとってこれほどの恍惚があるだろうか。

『冷血』の抜粋部分を朗読したカポーティは、会場の鳴り止まぬ拍手喝采の中で、感動に酔いしれながらも冷たい汗を流す。

まだ作品は出版できないのだ。犯人達が死刑にならない限り・・・・・。

さて、犯人と面談している彼は、まさに「冷血」そのものだ。

犯人(特にペリー)に甘声を弄し、いかにも同情を寄せているように振る舞ってみせる。そのためペリーはカポーティに一縷の望みをかけ、彼にすがるようになる。

だが、これもすべて本を出すためなのだ。ペリーから多くの事実を聞き出したいだけ。その露骨な偽善者ぶりには呆然とさせられる。

一方、NYの社交界に戻って、事件のことを面白おかしく語ったり、「あいつらは金脈さ」などとうそぶいている姿には、逆に、精一杯つっぱって、偽悪的に見せてるような気がしてならない。

カクテルをあおりながら「何、この作品はそんなに騒がれるほどのものじゃないさ」などと一人ごちたりもする。

さすがに本のためなら人の命をも弄ぶ、作家というものに恐れをなしたのだろう。でも一度火がついた創作意欲はもう止まらない。

それこそ作品のためなら悪魔に魂を売ってもかまわないと思ったのだろう。

だが、どんな優れた作家でも、それのみで生きる事は出来ない。彼もまたペリーと同じく心にトラウマを抱えた、一人の平凡な人間に過ぎなかったのだ。

ラストの、うつろな眼差しは、何を語っていたのだろうか。

何よりも君の死を恐れ、誰よりも君の死を望む。

冷血