11月の第4木曜日に行われるアメリカの感謝祭。映画のシーンで、家族そろってご馳走のテーブルを囲み、パパが七面鳥を切り分ける、おなじみのあの感謝祭だが、由来が面白い。

聞いたところによると、アメリカ大陸に上陸したイギリス人たちが、新しい土地に慣れず作物を育てる事もできず、バタバタ死んでいくのを見兼ねて、ネイティブ・アメリカンたちがトウモロコシなどの育て方を教えたのがきっかけだそうだ。

そのお礼のため、移民たちがネイティブ・アメリカンを食事に招いたことから感謝祭の行事が始まったそうだが、その恩人の彼らを、後に移民たちは虐殺し、しかもこの行事だけはしっかり残っているのだから、アメリカ人は何を考えているのか分らない。

さて、トルーマン・カポーティのアラバマものの短編に『感謝祭のお客』というのがある。

これは『クリスマスの思い出』と共に、少年時代のカポーティと心優しきミス・スックの交流を描いた心暖まる短編だが、『クリスマスの思い出』が、甘いお菓子なのに対して、『感謝祭のお客』はかなりビターな味わいだ。この物語には、昔も今も変わらない「いじめ」が関わっている。

年長のいとこ、ミス・スックは、バディ(カポーティ少年)にとって、自分の全てを受け入れてくれる聖母のような存在なのだが、この「いじめ問題」に関しては、なぜかいじめる側の少年の肩を持ち、バディを教育しようとし、あまつさえ大きな裏切りで彼を傷つける。

いや裏切りという言い方は間違いだろう。冷静に考えればミス・スックの行ったことは正しいし、数年後バディも、彼女は正しかったと言っている。

だが私は、ミス・スックには、いつまでも甘い無垢なおばちゃんでいて欲しかった。バディをひたすら可愛がり、盲目的にかばって欲しかった。

きっと彼女は心を鬼にして、バディの未来のために、甘い絆を断ち切ろうとしたのだろう。幸福な少年時代はいつまでも続かないのだから。

さて、この物語でバディをいじめる少年、オッドだが、私にはあの『冷血』に出てくる殺人犯ペリーの少年時代を彷彿させた。

不幸な家庭に育ち、乱暴ものだが、音楽が好きで意外と親切なところもある。そして何より潔い性格。最後の方で商船に乗りこむところも。

『感謝祭のお客』は1967年に書かれたもので、『冷血』より後だから、この少年はペリーにインスピレーションされたのかな、と思うのは考え過ぎか。


夜の樹