映画『プラダを着た悪魔』を見た。ニューヨークのトップファッションを楽しみにしていたのだが、そこにあったのは古きよき日本の伝統であった。

ガーデン一流ファッション誌「RUNWAY」のミランダは、ファッションを目指す人なら誰もが憧れ怖れているカリスマ編集長。

そんな仕事の鬼の編集長の下に、なぜかダサくてちょっと太目の(私は全然そう思わなかったが)大学を卒業したばかりのアンディが、アシスタントとして採用される。

ミランダの命令は絶対で、いついかなる時でもその要求に答えなければならない。
その内容も、台風の中飛行機を手配しろとか、出版前の「ハリー・ポッター」の新作を3時までに準備しろなど、容赦ない。

だが私は思った。この編集長、すごいぜ。

日本の伝統芸能の世界でも、弟子入りした新人は、まずぞうきんがけや師匠の身の回りの世話に明け暮れる。

一見意味の無いことのように思われるが実は違う。

仕事で大事なのはまず自分で考える事だ。どうしたら効率よく作業が出来るか、どうしたら要求に答えられるか、必死に考える事で、人間は磨かれるのだ。

ミランダは又、常にアンディのファッションや行動をけなしてばかりだが、これも正しいやり方である。

それで淘汰され強くなっていく。けなされたから、何も教えてくれなかったから、といって止めていく人は最初から要らない。

また、この鬼上司がアンディをアシスタントとして選んだ理由として、ファッションに興味がないというのもあったと思う。

過去の多くのアシスタントは、ミランダに憬れてこの仕事についたが、憬れのあまり盲従してしまって、そこから抜け出すことが難しい。つまりアシスタントをどんなに鍛えても、自分の縮小再生産なわけだ。

その点アンディはその束縛がない。このまま磨いていけば、自分を遙かに超える編集長になれるのではないか、そういう期待もあったのでは。

映画の最初で、ファッションに躍起になる「RUNWAY」の仲間達を、採用されたばかりのアンディが、冷笑するシーンがある。

その時、ミランダは冷静に低い声で(そう、この上司はいつも低い小さめの声で話す。決して甲高い声など出さない。それがまた良い)
アンディの着ている安物の青いセーターを指差し、青色にも種類がたくさんあり、自分達が流行らせた色が、やがて世界を巡り、末端の量販店にも普及していく過程を説明していくくだりなど、聞きほれてしまった。

鬼上司は、シャネルやプラダやD&Gといった高級ブランドスーツの下に、高級な知性をも持っていたのだ。

この上司に付いて、もっと吸収すれば良いのに、と思う反面、若い可愛い女性には酷かなぁ、なぞと色々な事を考えてしまうのであった。

プラダを着た悪魔