アメリカベゴニア今から11年前だが、日米合同の硫黄島慰霊式典が、戦後50年を記念して行われた。

その様子をテレビで見ていたのだが、あの栗林中将の未亡人がご存命で、式典に参加されていたのにはびっくりした。

どうも歴史的人物というイメージを持っていたのだが、実際はそんなに昔の物語ではなかったのだ。

さて映画、『硫黄島からの手紙』を観た。

もとより硫黄島の日本軍には二人のユニークな人物がいる。一人は先の栗林中将。そして西少佐(バロン西)だ。
二人ともアメリカ生活の経験があり、国際的教養の持ち主である。
そのことが軍部や一部の部下に疎まれ、苦戦を強いられる原因の一つにもなっている。

アメリカの監督は、それでも日本を死守せねばならない彼らの苦悩を、そして名もなき若き兵士たちの戸惑いを淡々と表現している。

何といってもクリント・イーストウッドである。

この人の作る映画はみな暗い。
映像も暗いし内容も暗い。「ミスティック・リバー」しかり「ミリオンダラー・ベィビー」しかり。
しかも白黒ハッキリすることはなく、結末はいつも曖昧に終る。
だから見終わった後は、いつもしょんぼりして帰途につき、しばらくもやもやが消えない。

だが、それがこの作品においては良い方に作用していた。

戦争映画となるとどうも日本は、やたら感情的になるというか、誇張的な表現をしがちである。お涙シーンを入れたり劇的音楽を挿入したり。

その気持ちは分らないでもないが、感情が高まって、大泣きしてハイ終わり!ではいけないのである。

心に残らなければ意味がないのだ。

その点、妙に劇的シーンなどは作らず、変に日本的な音楽も入れず(この監督の音楽センスにはすごい)それでも、まごうことなき日本人の戦争映画を作った監督の手腕には、敬服するのみである。

栗林忠道 硫黄島からの手紙