以前、貴志祐介著『黒い家』というミステリー小説を読んだ時、こんなくだりがあった。

いわく、情緒欠如者と診断された犯罪者の中には、生れつき嗅覚障害の人間が多い。
一説によると、赤ちゃんの頃、母親の体臭や乳の匂いなどを感じとることができなかったため、感情の正常な発達が阻害されやすいためとか。

そしてこの作品に出てくる連続殺人犯は、明らかに嗅覚障害であった。

もちろん嗅覚障害でも、正常に社会生活を営んでいる人が殆どであろうが、確かに「匂い」というのは、その人の情緒を左右する。

さて、『パフューム』という映画を観た。

この物語の主人公グルヌイユは、上記とは逆に、悪魔的な嗅覚を持つ、情緒欠如者である。

時は18世紀のパリ。

パリといえば、こんな小話を聞いたことがある。

「ローマ法王がパリ市民におふれを出した。曰く、『一生に3回は、お風呂に入るように』」

一生に3回となると、まず産湯が1回め、2回目めは結婚初夜の日だろうか、とすると3回目は亡くなった時の湯灌か。

「花王」や「TOTO」など立ち入る隙もない世界だ。

そんな悪臭漂うパリの魚市場で、グルヌイユは産み棄てられた。

腐臭の中で育った彼は(彼にとっては懐かしい匂いなのかもしれないが)やがて天才パフューマーへと成長していく。

彼と、師となる調香師バルディーニ(ダスティン・ホフマン)のやりとりが面白い。

73.2弟子の天才ぶりに驚愕し、自分の無能さを悟られまいとオドオドしている平凡な師バルティーニ。

もはや弟子の才能に嫉妬する気力もなく、ただただ重荷に感じている。

だから、グルヌイユが旅立った後の、バルディーニの晴れ晴れとした表情は印象に深い。ダスティン・ホフマンはやはり名優だ。

そしてグルヌイユ。香りを追求している姿は、とても幸福そうだ。

だが究極の香水が完成した時、その幸せは崩れる。

彼は悟るのだ。自分には心がない、人を愛する事が出来ないと。

どんなに、世界中の人々が、ひれ伏すような香りを作っても、肝心の自分に人を愛する心がなければ空虚なままだ。

そんなわけで、グルヌイユ君。今度生まれ変わったら、香水作りはおやめになって、警察の鑑識にでもなって下さい。

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