幼い頃病弱だった人は、長じて右翼に走りやすいと聞いた事がある。

なるほど三島由紀夫や、小林よしのりも子供の頃体が弱かった。

だからこそ強い肉体に純粋に憧れ、しかもリアルタイムで体育会系にもまれた経験がないので、彼らの持つ不遜やいやらしさを知らず、その思想はより過激になり、その美学を過剰に実践しようとする。

三島由紀夫の(豊饒の海・第二巻)『奔馬』の主人公、飯沼勲は、国粋団体の塾長の息子で、剣道の達人でありながら、国を憂う心は、温室育ちの百合の花のように純粋で繊細だ。

さてこの『奔馬』、第一巻の『春の雪』との相似性が面白い。

『奔馬』の飯沼勲は、『春の雪』における雅で繊細な若者、松枝清顕の生まれ変わりとして描かれているが、その性格や外見は真逆である。

清顕がまれな美貌を持ち、優雅だが無気力で、武道を嫌っていたのに対し、勲の顔は浅黒く引き締まり、剣道に汗を流し、国を憂い、秘密結社の首謀者となっている。

テロリストの道を歩もうとしている彼を、不安げに見守るのは、判事、本多繁邦。

彼は19年前、夭逝した清顕の親友である。
論理的な法の番人でありながら、滝の下で勲の体を見た途端、清顕の生まれ変わりと信じ込み、その蒙昧とも見える思いに浸っていく。

清顕と勲の共通点は、その危なっかしさだろう。そしてどちらも年上の美貌の女性に翻弄される。

それにしても、三島由紀夫の生み出す文章はなんと華麗なのだろう。

同じ人間とも思われない。モンスターだ。

ラスト、勲は女に生まれ変わりたいと言い、
「ずっと南だ。ずっと暑い。・・・・南の国の薔薇の光の中で。・・・・・・」
という言葉を残している。

第三巻『暁の寺』では、どんな転生を見せるのだろうか・・・。

春の雪