桜の国今でこそ、『PTSD』や『トラウマ』など、よく使われているが、そんな言葉の存在さえなかった戦時中、空襲で家族や家を焼かれた人々、
ましてや「原子爆弾」という、全く予想もつかない恐ろしい体験をした広島や長崎の人たちの、心の苦しみとは、いかばかりだっただろうか。

夕凪の街 桜の国』という映画を観た。

まずエンドロールの間、観客誰一人席を立たなかったというのは、久々の出来事だ。

この物語は2部構成をとっており、まず広島に原爆が落ちて13年後、皆実という26歳の被爆女性の話から始まる。

父や妹、そして多くの人が焼け死んだのに、自分は生き残っている・・・
皆実はそのことに罪悪感を持っており、職場の同僚、打越から愛を告白されても、それを受け入れることが出来ない。自分は幸せになってはいけないと思い込んでいるのだ。

だが、彼女は、ついに打越に胸の苦しみをすべて告白する。

「生きとってくれてありがとう・・」

打越の言葉に、涙にくれる皆実。

夕凪の街しかし、それは束の間の安らぎであった。
彼女の体は原爆の後遺症で、もう余命いくばくもなかったのだ。

不思議な事に、原爆症の病状がはっきり出てきてからの皆実には、今までなかった、安らぎの表情がうかがえる。

「やっと私もみんなのところへ行ける」「重荷から開放される」

力ない目は、死を夢見ているようだ。

だが、彼女はただの薄幸の女性ではない。

今わの際に彼女はつぶやく。

「なぁうれしい? 13年もたったけど、原爆落した人は、私を見て『やったー、また1人殺せた』て、ちゃんと思うてくれとる?」

か細くて、触れなば落ちん風情の皆実から出てきた、思いがけない言葉に唖然となった。

この物語に出てくる人たちは皆優しいが、時に残酷な言葉も吐く。

皆実の母が、自らも被爆者でありながら、息子が近所に住む被爆経験のある女性と付き合っているのを知り

「あんたヒバクシャと結婚するとか」「お前を可愛がってくれた伯母さんに顔向けできん」と、なじる。

優しさだけでは生きてはいけないのだ。

さて、第2部は、平成19年の今。

母親になじられていた息子(皆実の弟)の娘、七波が主役である。

ここでは「被爆2世」の問題が出てくる。

七波もその弟も、母や祖母が原爆の後遺症で死んだらしいことはうっすら感じているが、親に聞いた事はない。

親は教えてくれないし、子供も、聞くのがためらわれるのだ。

だが2人とも年頃、弟は子供の頃から原因不明の喘息に悩まされており、漠とした不安に包まれながらも、表面上は呑気に暮らしている。

やがて彼女は、最近の父の不穏な行動を見張っているうちに、彼らの思いがけない過去を知るのだ・・・・。

七波を演ずる田中麗奈が良い。

彼女の真摯な眼差しは、幸福から逃げてきた皆実にはない力強さがある。

それが、ウェットになりがちな物語を明るく引き締めてくれる。

そして彼女なら、親世代が背負った不幸でさえ大らかに受け止めてくれるだろう。

多くの広島や長崎の被爆2世3世の皆さんが、力強く生き抜いているように。

夕凪の街桜の国