風景今まで私が「イタリア」という国に描いていたイメージといえば

「明るい太陽」「パスタ」「陽気な男たち」「お洒落」「パヴァロッティ」・・

何ともステレロタイプの、それも浮付いたものばかりでお恥ずかしい限りだが、須賀敦子氏の本を読むようになって、そのイメージが少しずつ払拭された気がする。

彼女のデビュー作『ミラノ 霧の風景』を読んだ。

ここで描かれているイタリアは、さんさんと陽のふりそそぐ国ではなく、表題のように、少しくすんだミルク色の霧に包まれている。

だが陰鬱なのではない。しっとりと情感あふれ、かつ知性的な文章は、作者の教養の高さと繊細さを物語っている。

その流れるように美しい日本語の旋律の中に、しょっちゅう私の知らないイタリアの地名や、詩人、作家、宗教観などが出てくる。

あわてて古い世界地図帳を引っ張り出して場所を確認したり、知らない言葉を検索したり・・・・。

読者はある一定以上の教養があると想定しているのか、それとも単に私が無知に過ぎないのか・・・。

だが不親切だとか、高飛車な感じは全くしない。

いちいち注釈を入れたり、説明が多くなったら、せっかくの美しい言葉のせせらぎが止められてしまう。
読者はだから無粋なことは言わずに、静かに身をゆだねればいいのだ。

さて、この珠玉のエッセイ集の中で特に好きなのが「鉄道員の家」だ。

ミラノで生活している氏の周りには、やはり教養の高い人たちが集まっている。大体が裕福で、貴族出身の友人もいる。

その中にあって氏の夫、ペッピーノは貧しい鉄道員の息子だったのだ。

ペッピーノの子供時代は、まさにあのイタリア映画『鉄道員』を彷彿させる。

貧しい暮し、頑固で融通の利かない父、心配性の母、それに加えて、現実の彼の兄と妹は結核で早逝している。

思わず『鉄道員』に出てきた可愛い坊やが、貧しい中苦労しながら勉強し、書店を経営するようになり、やがて日本から来た聡明な女性と結婚するのを想像してしまった。

ちなみに映画の中の主人公の家の間取りは、ペッピーノの実家の鉄道官舎のと、スイッチの位置までそっくりだったという。

さて、幸せな結婚も束の間、鉄道員の坊やだったペッピーノは、5年後、病気で亡くなる。

そして20年以上たち、日本人の妻は、その熱い想い出を書き綴ることになるのだ。

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)