小学生の頃、教科書で縄文時代の「たて穴式住居」の絵を見、激しい欲望にそそられ、『住みたい、この家に!』と思ったことがある。
今でも博物館などでこの住居のレプリカを見ると「ああ、ここで火を焚いて、ご飯を食べるんだ・・」と知らずに妄想している自分がいる。
あと気をそそるのが、アメリカ映画によく出てくるトレーラーハウス。
キッチン、ベッドがちまちまとまとまった四角い空間で寝ころんで本を読んだり音楽を聴きたい。
私は狭いところが好きだ。
貧乏で狭い家に育った人は普通、広い家を欲しがるものだが、私の場合、妙に歪んだ方向へいっているようだ、
これも一種の胎内回帰願望だろうか。
でもこの願望は普通、男の方が強いと聞く。
きっと私は女のなりこそないなのだろう。
さて、そんな狭い住居フェチ(?)にとってたまらない映画がある。香港映画『花様年華』だ。
1962年の香港。
2組の若い夫婦が、同日に部屋を借りる。
そのアパートは、元々は一般の家のようで、キッチンやリビングルームは共同で、廊下や階段は2人がやっとすれ違うほどの狭さだ。
若い夫婦は、片方の夫が新聞記者で妻がホテルの受付勤務、もう片方は夫が日系企業勤務、妻が社長秘書。
そんなエリート夫婦でも、狭い間借りぐらしは、当時普通だったらしい。
やがてトニー・レオン扮する新聞記者チャウと、マギー・チャン扮する社長秘書チャンは、お互いの伴侶同士が不倫していることに気がつく。
それからが彼らの真骨頂なのだが、成熟した魅力的な大人でありながら、この思慮深い2人は、まるで今時の中学生でもやらないような行動をとるのである。
お互いの伴侶になったつもりで、不倫動機を再現してみたり、相手と口論するための練習をしてみたりと、思わず、ずっこけそうになった。
妖艶なチャイナドレスのチャン(この映画では20回ぐらいドレスを着替える)と、働き盛りの男の魅力あふれるチャウ。しかも互いの伴侶は不倫旅行にしけ込んでいるのだ。
狭いアパート、薄い壁一枚隔てだだけなのに、純情な2人はなかなか進展しない。
やがて失意のチャウは、小説を書き始め、チャンはそれを手伝うようになる。
部屋にこもり、嬉々として小説の資料作りをする2人は、まるで文化祭の準備に余念のない純朴な学生のようだ。
そして、狭いのはアパートだけではない。世間も狭い。
面倒見は良いが、おせっかいのアパートの大家から、「外出が多い」と注意され、しょぼ〜んとするチャン。
突然雨が降ってきたのに、人目を気にして一緒に傘も入れない2人。
この狭さ、息苦しさ、まだるっこさ、キス一つ交わさないのに、見終わった後の、濃厚なエロスの匂いは何だろうか。
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