3月22日、台湾の選挙により、国民党の馬英九氏が新総裁になった。

今後中国に対して融和策をとっていくようだが、さじ加減が難しいこの問題を馬氏がどう対処していくか。

さて、私はといえば、台湾についての知識は、甚だ怪しいものである。

この際、きちんと勉強したいが、お堅い歴史書をひも解くのも辛い、そこで困ったときの司馬遼太郎センセ、という訳で、
司馬遼太郎著、「街道を行く、『台湾紀行』」を読んでみた。

いや楽しかった。氏と一緒に極彩色の暖かい台湾島を旅しているような、幸せな時間を過ごさせてもらった。

あまりに楽しいので、読み終えてしまうのが惜しく、半分過ぎたところから、また最初から読み返すという、セコイ読書をしてしまった。

ちなみに司馬氏が台湾を訪れたのは1993年1月。それが初めての台湾というのに驚いた。もっと何度も訪れていたと思っていたから。
そして亡くなったのだが1996年だから、氏にとって最後の海外紀行である。

とにかく『台湾紀行』には、魅力的な愛すべき人たちがたくさん登場する。

李登輝、鄭成功(国姓爺)、児玉源太郎、後藤新平などの有名人以外にも、新旧、台湾人日本人問わず、登場人物はみなよい意味で少年らしい可愛らしさがあり、また一方で奥さんは大変だったろうな、とも思う。

特に大正時代、台湾の嘉南平野で、大掛かりな潅漑工事を行い、地元では「嘉南大圳」と呼ばれる水利構造を作った日本人技術者、八田興一のエピソードには、思わず涙がこみ上げ、折悪しく列車の中だったので、こらえるのに大層苦労をした。

だが優れた設備や工事は、優秀な技術者だけでは出来ない。

当時日本でもまだなかった最新の上下水設備や潅漑工事などを、莫大な予算を使って台湾で行ったのは何故だろう。

昔の日本では、家族は狭い部屋で寝ているのに、客人には立派な客間でもてなす、という風習があったが、台湾もそんな「客人」扱いだったのだろうか、それとも日本のすごさを見せ付ける天狗の鼻だったか。

さて、登場人物でもう1人、田中準造氏という元新聞記者の話も面白い。

この人は統治下の台湾で生まれ育ち、ガジュマルの木の下で、家族と幸せな少年時代を過ごした。

やがて敗戦になり、彼は小学校最終年を父の故郷、鹿児島で過ごすのだが、薩摩弁がさっぱり分からない。

台湾時代、標準日本語を使っていた彼は、日本に帰るとまるで外国語を学ぶようにして薩摩弁を身につけた。

そして彼は中学のころ、田舎の映画館でジャン・ギャバンの映『望郷』を観、大泣きしたのだ。

刑事に追われているジャン・ギャバンはパリっ子だが、アルジェリアの首都アルジェのカスバで逃亡生活を送っている。
故郷に帰りたくても帰れない。

パリからやって来た女に出会ったとき、永遠に帰れない身の上を嘆き、激しい望郷の念にさいなまれるのだ。

ジャン・ギャバンにおけるパリが、田中準造氏にとっての台湾だったのだ。

そして少年は田舎道を泣きながら、「いつか時代が良くなれば必ず帰れる」と自分で自分をなぐさめるのだった。

温和で親日家が多いともいわれる台湾。

複雑な時代の波を乗り越え、これからどんな舵取りをして行くのだろうか。

街道をゆく (40) (朝日文芸文庫)