古今東西、いわゆる英雄と呼ばれる男たちには、女好きが多いらしい。

もちろん、女房一筋の愛妻家もいただろうが、物語に出てくる英雄や革命家は、大抵、愛人を作ったり娼家通いをしつつ、天下国家を論じている。

彼らは、女を素人と玄人、都合よく分けている。

国を憂いながらも、一番身近な女の屈折に気がつかない、その鈍感さ、単純さには腹がたつもののなぜか憎めないのだ。

さて、ノンフィクション作家西木正明氏の『孫文の女』を読んだ。

西木正明本書は、「アイアイの眼」「ブラキストン殺人事件」「「オーロラ宮異聞」「孫文の女」4篇からなっており、明治初めから昭和にかけて、日本の歴史的な節目に否応なくかかわった実在の女たちの物語だ。

いずれも面白かったが特に興味をそそったのが、「アイアイの眼」の田中イトだ。

九州島原の貧しい漁師の子として生まれたイトは、口減らしのため16歳の時、シンガポールに向かった。
『サンダカン八番娼館』に代表される、いわゆる「からゆきさん」だ。

その後インド、そしてアフリカのマダガスカル島と流れ、そこでレストランの日本人経営者、赤坂と出会う。

イトの聡明さ、機転の良さに目をつけた赤坂は、今度ロシア海軍の軍人たちが客としてやってくるので、彼らから軍の情報をなるだけ聞き出してほしいと頼む。

心ひそかに赤坂を慕っていたイトは、彼女独特の方法で、けな気に役目を果たすのだ。

ちなみに「ラスト、コーション」での孫文像その数日後、日本の外務省の大臣室は、異様な緊張感に包まれた。

外務大臣小林寿太郎、斎藤実海軍次官、軍令部伊集院五郎等々、そうそうたるメンバーが、一通の長い電文をしかつめらしく見つめているのだ。

送ったのは軍令部の赤坂中佐。

そしてその2ヶ月後、日露戦争の命運を分けた日本海海戦で、大方の予想に反し、東郷平八郎下の連合艦隊はバルチック艦隊を叩きのめしたのだった。

その後、イトがどうなったのかは全く分からない。

さて、この4篇の物語に出てくる女たちは皆共通して美しく聡明だ。

そして物を見る目が透徹で、どことなく諦観している。

革命やスパイ活動に躍起になっている男に忠実に仕えながらも、彼女らは何ら浮かれることもなく、冷静に世の中を見据えている。

『オーロラ宮異聞』の中の、主人公お菊の言葉がいみじくもそれを物語っている。

ちなみにお菊は天草で生まれ、イトと同じくからゆきさんとして中国へ流れてきたが、張作霖の義兄弟、孫花亭と一緒になりやがて女馬賊満州お菊と呼ばれるようになる。

極端な話、お菊自身は、満州がどこの勢力圏に入ろうと関係ないと思っている。生まれ落ちてじきに朝鮮に売られ、漢城、新義州、奉天と、生きる場所を少しずつ北に移してきた。その間、ここがついの住処だなどと思ったことは一度もない。

 今身を置いている満州についても、ロシアの領土になるよりは、日本の影響下にあるほうが、なにかと便利だろうとは思う。そのいっぽうで、自分のような者にとっては、それすらもどうでもいいと思えてしまうのだ。

支配者が誰であろうと関係ない。

もし自分がそこでやって行かれないような状況になったら、さっさとおさらばして、どこか他の土地で生きていくだけだ。

『孫文の女』に出てくる女たちは、地に足のついた生活を望みつつ、そしてそれが叶えられないと知りつつも、けなげに男たちを支えている。

今も多くの「孫文の女」たち(一部男も)が光の当たらない場所で、歴史を支えているのだろう。

孫文の女