今年の4月ごろから読み始めていた、吉川英治版  『三国志』八巻をすべて読み終え、今ちょっとした虚脱状態である。

特に夢中になっていたわけではないし、正直後半以降はかなりダレていたのだが,
毎晩、いっしょに日本酒をあおりつつ、天下国家を語り、政治談議を交わしていたオヤジたちが、いつの間にか一人減り二人減りして、最後たった一人残されたような寂しさだ。

さて、第七巻のあとがきで、「三国志のような小説は、教養のない民間人の読むものであり、正統な学問をした知識人が読むべきものではない、うんぬんと描いてあったがまさにその通りだと思う。

子龍特に諸葛孔明が出てくる前は、どいつもこいつもバカばっかり。

君主は部下の讒言にコロッとだまされるし、将軍は女にコロッとだまされるし、また部下は敵味方の将を比べ、敵の方に利ありと思えば、平気で寝返るし、とにかくコロコロ首が飛ぶ(殺しすぎだって)

皇帝は泣いてばかりいるし、劉備玄徳は優柔不断だし、張飛は筋肉バカだし。

しかも彼ら、日頃は戦に精を出し、弓、槍の稽古にはげみ、また権謀術数おさおさ怠りなく、兵法を学び兵書を読み、ゆっくり休む間もないほど忙しいはずなのに、なぜかその第一夫人、第二夫人、お妾さんとの間に子供がわらわら生まれてくるのも摩訶不思議である。

後半、主な登場人物が一人二人と死んでいき、彼らの2世が登場するのだが、やはりいずこの時代も2代目というものは、初代に比べて覇気がなく個性がなく、魅力に欠ける。

やはり初代の奴ら、『桃園の誓い』を愚直にも守り続ける三馬鹿大将もとい玄徳、関羽、張飛、また彼らとかかわり合った敵味方の将軍。

彼らが死に物狂いで戦った後、平和が訪れたのかというと、そうでもない。戦いはその後も続いた。そしてある意味今も。

でも未来を信じ、汗を流し、血を流し、知恵を絞り戦い抜いたオヤジたちの世界は思ったより心地よいものであった。

三国志〈4〉 (吉川英治歴史時代文庫)