もう旧聞に属する話題だが、先月、北京オリンピックが開催中の間、普段は見ないテレビに、毎日かじりついていたものだ。

だが一方で、メダリストらが、テレビ局のスタジオに呼ばれてのトーク番組や、選手の生い立ちなどを紹介する番組などは不愉快で、すぐ切ってしまう。

私はオリンピックの選手とは、4年に一度、下界に降りてくるオリンポスの神々だと思い込んでいるので、タレント相手のかみ合わないトークや、家族のことだの、どんな食べ物が好きだの、好きな芸能人だのは聞きたくないのだ。

だがそんな私の耳にも、嫌というほど入ってきた言葉がある。それは『感謝』だ。

日本のメダリストたちは、インタビューの時、必ずと言っていいほど、こんな言い方をした。

「自分ひとりで勝ったのではない」「応援してくれた皆さんのおかげ」「仲間や家族に感謝している」「自分を育ててくれた方々に感謝」

まるで日本IOCからお達しがあったのかと思うほど、みな同じような返答をしている。

おいおい、応援してくれた皆さんのおかげって、私ら寝っ転がってビール飲みつつ観てただけだよ。

君たちは、少なくとも私の百倍努力してきたじゃない。なんでそんな謙虚な物言いしかしないのだ。

『仲間がしっかり守ってくれたので、最後まで投げられた。仲間のみんなに心から感謝している』

ちょっと上野さん、みんなが打ってくれなかったから、あなた2日間で3試合、合計413球を投げるという死闘を強いられたんでしょうに。

でも彼女の澄んだ瞳は嘘をついていない。

心からそう思っているのだ。

スポーツも究極を極めるとそんなイエス・キリストのような心境に達するのだろうか。

さて、こんな日本のメダリストたちの言動を、偏屈な哲学者、中島義道は、どう分析したのだろうか。

彼の著書『私の嫌いな10の人々』を読んだ。

戦う哲学者、義道の嫌いな人はこんな人々だ。

1、笑顔の絶えない人

2、常に感謝の気持ちを忘れない人

3、みんなの喜ぶ顔が見たい人

4、いつも前向きに生きている人

5、自分の仕事に「誇り」を持っている人

6、「けじめ」を大切にする人

7、喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人

8、物事をはっきり言わない人

9、「おれ、バカだから」と言う人

10、「わが人生に悔いはない」と思っている人

おお、まさにメダリストの(マスコミが作った)キャラクターそのものではないか。

私は中島氏と違って、こういう人たちが嫌いではないが、たぶん親友にはなれないだろうと思う。

「肉体の祭典」でありながら「いい人」を強要される世界。

オリンポスの果実はこうも苦くなってしまったのか。

私の嫌いな10の人びと