三浦和義氏が自殺した。

数年前、ある雑誌に載っていた彼の書評を読んだことがあり、本が好きな人なんだな、という印象が残っている。

スー・グラフトン著の探偵小説、キンジー・ミルホーンシリーズを褒めていたのも意外だった。

もうロス疑惑の事なんか思い出したくもないだろうに、カリフォルニア在住の女性私立探偵による、殺人事件ものが好きなんて。

話かわって、今から20数年前のロス疑惑報道は凄まじいものだった。

朝からテレビのワイドショーは連日三浦和義ばかり。活字メディアも、「週刊文春」を始めとするおやじ雑誌、女性週刊誌、こぞってロス疑惑で埋め尽くされていた。

おいおい、もっと他に報道すべきものがあるだろうと思ったものだが、あの集中砲火は一体何だったのだろう。

また三浦氏自身もよくメディアに露出していた。

それは、目立ちたがり屋といのもあるかもしれないが、マスコミから逃げられないと悟った彼が、いっそマスコミに迎合し、こっちから話題作りをしようと判断したのかもしれない。攻撃は最大の防御である。

さて、そういった中で心に残っているのが、当時、林真理子氏が週刊誌に載せたあるエッセイだ。

疑惑報道のさ中、三浦和義の家の夕食に招ばれた時の事を嬉々として書いているのだ。

その頃、彼女は売れっ子のエッセイストで、自ら、ミーハーで好奇心は人一倍旺盛と言って、はばからなかった。

だから三浦氏に強い好奇心を持つのは分かるが、これは、いくらなんでもはしゃぎ過ぎだと思った。人を殺したかもしれない人なのだから。

作家としての性なのか、それとも「有名人」を知っているという天狗の鼻が彼女を駆り立てたのか。

今、大作家になった林真理子氏の悪口を書く気は毛頭ないのだが、この一点だけがどうもすっきりしないのだ。

そして今、三浦氏はロス疑惑について自分で決着をつけた(それが正しいとは思わないが)

当時、ロス疑惑にかかわった文化人やマスコミは、どう落とし前をつけるのだろうか。桟橋