今、司馬遼太郎の『坂の上の雲・全八巻』を読んでいる。現在4巻目。

これは、四国松山出身の3人の男を中心とした、近代国家をしゃにむに目指した明治時代の日本の物語である。

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3人の男とは・・・。
日露戦争において、世界最強と言われたロシアのコサック騎兵を破った秋山好古、日本海海戦の名参謀、秋山真之兄弟。
そして俳句・短歌の世界で、大きな足跡を残した正岡子規である。

3巻目で早くも正岡子規は肺結核で亡くなり、4巻目、日露戦争の火ぶたが切って落とされたが、国力、武器兵力とも劣る日本は、ロシアに対し苦戦を強いられている。

その中にあっても、秋山兄弟は、兄が陸軍、弟が海軍にて重要な任務を見事に遂行している。

そんな日露戦争を支えたともいえる兄弟だが、軍人になった理由はいたって単純であった。

朝日

子だくさんの貧乏士族が、タダで行ける学校が士官学校だったのだ。

何しろ兄、好古は中学も行けず、風呂焚きの仕事で稼いでいた。

やがて彼は、師範学校、陸軍士官学校から陸軍に入る。

弟の真之は、元々歌や俳諧が好きで、友人正岡子規と共に、文学を目指そうと誓い合ったこともあった。
だが、現実を考えれば、文学など高等遊民のみゆるされた贅沢だ。

真之の学費も、陸軍に行った兄好古の仕送りでまかなっている。

彼は断腸の思いで正岡子規に別れを告げ、海軍兵学校に入るのだ。

当時、国家予算に対する軍事費の割合は高く、明治30年度に至っては軍事費は55%である。

現在大学生が上級公務員試験を受けるように、明治時代の優秀な学生にとって、軍人になることはもっとも早いエリートの道だったのだろう。

でも、日清、そして日露戦争における血なまぐさい戦いにおいて、多くの若者たちが露と消えていくのは辛い。

十代の頃、正岡子規と秋山真之は、温暖な四国松山の地で、あるいは束の間の自由を満喫した東京の下宿で、詩や文学を語り明かした。

彼らのその後の過酷な人生を思うと、ほんのひと時でも、のんびりとした青春を過ごせて良かったなと思うのだ。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
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