『坂の上の雲』を読んで、司馬遼太郎氏からケチョンケチョンに、けなされている乃木大将を気の毒に思い、ふと乃木神社に参ってみようと思いたち、下関市へ出向いた。

柔らかい日差しがふり注ぐ、小春日和の城下町長府。
乃木神社は商店街と閑静な住宅街の合間にひっそりと建っている。

乃木神社の鳥居近くにある忌宮神社に比べても小さく、飾り気のない質素なたたずまいで、まあ乃木さんらしいと言えようか。

神社の前にはディケア・センターのバスが止まっており、ご老人達が三々五々、ヘルパーの人達に手をひかれ、あるいは車椅子で参拝していた。

私もいざ参拝しようとして、はて願い事は何にしようか。

一応『学問の神様』らしいのだが、小説の中でさんざん「無能」だの「戦下手」などと書かれていたのでちょっとためらう。

そういえば乃木将軍は文才があり、漢詩においては、思想家であり教203高地の漢詩育者でもある志賀重兇任気─崋分も遠く及ばない」と驚嘆したほどだ。

そんな訳で『どうかぶんしょうがじょうずになりますように』と、小学生のようなお願いをしてしまった。

そして、ありました。有名な爾霊山(にれいさん)の詩の石碑。

以前参拝した時は全く気がつかなかったが、しみじみと良い詩だ。

爾霊山(203)。爾(なんじ)の霊の山。これは旅順で戦死した無数の兵士の霊に捧げられている。その中には彼の息子の霊もあるのだろう。

また小学校唱歌にもなった『水師営の会見』の石碑や、さざれ石なども祀られており、ここの空間だけ明治の香りだ。

そして神社奥の方には、粗末な家屋がある。乃木大将の生家だ。

乃木さんの生家乃木さんは、今は六本木ヒルズになっている東京都港区出身のシティボーイだが、10歳の時、山口に帰郷したらしい。

6畳と3畳二間の小さな家で、質実剛健、厳しい教育を受けたのだろうな。

正月5日で参拝客も少なく鄙びた神社ではあったが私は満足した。

この寂れた感じが良いのよ。麗麗しく飾られていたら、逆にがっかりしたかもしれない。

さて、帰り、「長府乃木さん通り」というこれまた寂れた商店街を歩いていたらこんな看板を見つけた

レトロにも程がある

乃木さん、こんなにゆるくていいんですかぁ。

 

 

 

 

くんしょうがいっぱい