今、浅田次郎氏の『蒼穹の昴・全4巻』を読んでいる。今2巻目。

大変読みやすくて面白いのだが、この「読みやすい」というのがくせものだ。

この人の作品は口当たりがよく、読んでいる間は熱中するが、読み終えてしばらくすると内容を忘れている場合が多い。

例えば吉川英治版『三国志』は古文調で注釈も多く、読むのに骨が折れたが、今でも滔々とした黄河の畔に立つ劉備玄徳の姿を、生き生きと思い返すことができる。

吉川英治が重い剛速球なら、浅田次郎はスピードは速いが球質が軽いのかな、て、浅田次郎は星飛馬の大リーグボールか。

それはさて置き『蒼穹の昴』とは、中国清朝末期、貧しく糞拾いで生計を立てている10歳の少年春児と、幼馴染の兄貴分で科挙の試験を受ける青年分秀が、やがて袂を分かち、宿命によってそれぞれの覇道を歩むというスケールの大きい歴史小説だ。

しかし、瑣末なことに目が行く私は、1巻に出てくるお菓子『さんざし』が気になった。

文秀の科挙の試験に付き添って北京に来た春児は、胡同で、ある少年と知り合いになる。彼は身売りされて来たらしく、やがて宦官にされる運命である。

春児は口に頬ばったさんざしの糖胡蘆(タンフル)を少年にも舐めさせ、やがて口移しにそれを奪った。

これはもとより腐女子の喜びそうな同性愛的シーンではなく、甘いものが貴重だった時代、単純においしい飴を友達にも食べさせただけの話なのだが、「さんざし」と聞いて思い出すのは、映画『さらばわが愛 覇王別姫』である。

覇王別姫京劇の女形スター、程蝶衣の少年時代。京劇養成所での、あまりに厳しすぎる稽古が嫌になり、友達と一緒に脱走する。

その友達は常日頃、「将来有名になったら毎日砂糖づけのサンザシを食べるんだ」と公言していた。

2人は念願のサンザシを食べ、街でやっていた京劇の舞台に感動して涙をポロポロ流し、

「サンザシもたっぷり食ったしもう思い残すことはない。養成所に戻ろう」

屋台のさんざしと決心したのだが、その後、友達は口一杯にサンザシをほおばったまま自殺する。

映画の字幕では「砂糖づけのサンザシ」と表記されていたが、それだとザボンの砂糖漬(九州名物)みたいだ。

映像で見る限り艶々とした飴玉で、竹串に刺して屋台で売られている。どちらかというとりんご飴みたいな感じ?

調べてみたら、バラ科サンザシ属の植物で、その果実に飴をかけたものらしい。

蜜でコーティング清朝末期の貧しい少年でも買えるのだから高級ではないが、甘味に飢えていた彼らにしたら、最高のお菓子だ。

『蒼穹の昴』も『さらばわが愛 覇王別姫』も、どちらの少年らもその後、過酷な運命が待っていた。

さんざしの甘味は、ほんのひと時の至福の瞬間だったのだろう。

市販のもの、なんかちがう


蒼穹の昴(1) (講談社文庫)