前回映画『イントゥ・ザ・ワイルド』を紹介し、家族を捨て、たった一人で放浪の旅に出た若者クリスの、壮絶な生き方死にざまに感動したと書いたが、これが親の立場となると、たまったものではないだろう。

誰この子?大学を卒業してようと20歳を超えていようと、父母にとっては子供は子供。
彼が居なくなった2年間、心配で眠れぬ夜を過ごしたであろうし、死を知らされた時の悲嘆はいかばかりだったろうか。

私はクリスの行為を肯定するものであるが、両親の悲しみも切実に伝わってくる。無責任な言い方だが、親というものは労多く報われない宿命なのかもしれない。

さて、クリスの親の場合は2年間息子を案じ続けてきたが、これが一生続くこととなったらどうだろうか・・・・・。

チェンジリング』という映画を観た。監督はクリント・イーストウッド。主演はアンジェリーナ・ジョリー。

これは1920年代、アメリカ、ロサンゼルスで実際起こった9歳の少年の失踪事件とロス警察の保身のための恐るべきねつ造、それに少年の猟奇殺人事件を絡ませたものだ。

息子はどこにシングルマザークリスティンの、9歳になる息子ウォルターがある日突然、失踪したことから物語は始まる。

約半年後、息子が発見されたとの警察の連絡があり、大喜びで出迎えるも、そこにいるには息子ではない、見ず知らずの少年であった。

でも警察は執拗に、彼は息子だと主張し、クリスティンが、歯科医や学校の教師らの証言を集め、人違いだと告発しようとしたとき、警察によって、彼女は強制的に精神病院に送られるのだ・・・・・。

孤独の中で彼女は戦い、やがて協力者も得、腐った警察権力と闘う。だがその間も、彼女の脳裏にあるのは、息子の安否だけだった。

いやぁ、見ごたえのある映画だった。

クリント・イーストウッドの映像は暗いが、光と影の陰影が美しい。カラーでありながらモノクロのレトロな雰囲気を醸し出す。

暗いざらついた映像の中で、なぜかアンジェリーナ・ジョリー演ずるクりんティンの唇だけが赤く、なまめかしい。

彼女だけが生きていて、まるで他はドキュメンタリー映像のような印象さえ受ける。

次々と襲いかかる不条理に敢然と立ち向かうクリスティン。

だが、クリント・イーストウッドは、最後まで母親に安らぎを与えない。

ラストのある事実がなかったら、彼女は人生に折り合いをつけ、良き理解者だった職場の上司と結婚して、それなりに安らかな生活が出来たかもしれない(一生心が晴れることはないだろうが)

「希望」というものは時に残酷なものだ。その「希望」にすがり、彼女は生涯生きていくことになる。

それは彼女だけではない。

私がまず思い出すのは、日本の拉致被害者のご家族の方々だ。

「希望」を持ち続けるというのは、つらい茨の道を歩き続けるということなのだから。

あの子をさがしに