珍妃浅田次郎の『蒼穹の昴・外伝』とでもいうべき小説『珍妃の井戸』を読んだ。

物語は清末期、義和団による激しい排外運動が起きた北京では、列強8国の軍隊が出動し、これを鎮圧。おびただしい死者を出していた。

その騒乱のさ中、幽閉されていた皇帝、光緒帝の愛妃が何者かに井戸に突き落とされ殺されるという事件が起きる。

それから2年後、この事実を聞かされた北京駐在の英国の海軍提督は、
「一国の君主の妃が暗殺されたということはゆゆしき事態だ。ぜひ真相を追及しなければ」

ということで、同じく駐在の、ドイツ帝国の大佐、ロシア銀行総裁、日本の子爵を呼び、4人で、事件の当事者に会って話を聞き、真相を追及しようとする。

証言者は、北京滞在25年のニューヨークタイムズ駐在員・光緒帝の元太監(宦官)・総督の袁 世凱将軍・光緒帝のもう1人の側室・彼女に仕えた元太監・廃太子となった男など。

だが、なぜかそれぞれの証言が食い違い、犯人と名指しされた者は、また別の者を犯人と語り、真相はますます見えにくくなる。

ついに4人は、幽閉されている光緒帝に謁見し、真相を知ろうとするが・・・・・・。

読んでいて、まず頭に浮かんだのが、芥川龍之介の『藪の中』だ。

だが先の人の証言を後の人が打ち消すという流れは、アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』にも似てるなぁと、ぼんやり思いつつ進んでいたら、ラスト、「おお、これはアガサ・クリスティあの有名作品のプロットじゃん!」と。

歴史物として捉えていたつもりが、思いがけずミステリーとして楽しんだ。

それにしても珍妃、あまりに劇的な人生だ。

百人が百人振り返る、たぐいまれな美貌に加え、科挙出身の進士に匹敵する教養と清らかな心をそなえ、皇帝に愛された女性が、24歳の若さで殺されるなんて。

多少の誇張はあると思うが、いわゆる「傾城傾国の美女」とは違う、珍妃という存在は、清末期において、泥池に咲く白い蓮の花のように、しみじみと心に残るのだ。

珍妃の井戸 (講談社文庫)
珍妃の井戸 (講談社文庫)
地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫)
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