429先日読んだ、佐々木譲著『笑う警官』のベースになったものは、2002年に北海道警察で実際に起きた「稲葉事件』だ。

2002年7月、北海道警察の稲葉警部が、覚醒剤取締法違反で逮捕される。

現職警察官が覚醒剤使用で逮捕されるのは異例なことだが、その後彼の直属の上司が自殺し、情報提供者だった男も、札幌拘置所内で謎の死を遂げる(警察発表は自殺)。

稲葉氏は以前「警視庁登録50号事件」と呼ばれる、自ら囮となって、拳銃摘発のための潜入捜査を行い、その筋に身元がばれ、追われる身になっていた。

まるで「インファナル・アフェア」の世界だが、有能な彼は、けた違いの拳銃摘発数も誇っていた。
だが情報提供者への謝礼、また身を守るための経費を得るために、覚醒剤取引に手を出していく。

そして当時の上司たちは、そんな彼の行為を知りつつ、甘い汁を吸い続け、彼の活躍のおかげで出世していくのだ。

事件発覚後、道警本部は、「一つの所に長くいるから警察官の癒着や腐敗などの問題が生ずる」と決めつけ、「一つのセクションに7年在籍したら配置換え、一つの地方に十年いたらば別の地方へ異動」という方針を打ち出した。

つまりベテラン刑事や地域の情報に詳しい警官が減少するわけだ。

この「羹に懲りてなますを吹く」ような人事のおかげで、素人に毛が生えたような刑事たちが奮闘するのが『笑う警官』なのだが、その逆が、さっき読み終えた『制服捜査』である。

『制服捜査』の主人公、川久保巡査部長は、札幌のベテラン刑事だったが、人事異動で十勝地方の小さな駐在所に単身赴任する。

人口六千人の小さな町、派手な事件など起こりそうにない場所、でも川久保は、腐ることなく、町の人たちと真摯に向き合っていくのだ。

やがて読んでいくうちに気がついた。

この小さな町には、素朴な町民と、新任駐在さんの心の交流といった、甘ったるいものはいっさいない。

あるのは今の日本をぎゅっと凝縮したような生々しい町の現実だ。

いじめを受けている高校生、犬の虐殺、ネグレストされる少年、連続放火、祭りの日の女児の失踪・・・・・。

そしてもう一つの問題は、町から犯罪者を出したくないという、事なかれ主義の人々の存在だ。

これはある意味、犯罪者よりたちが悪い。

そんな善良な人たちとの戦いが、この短編集を、うわべだけではない、より深みのある、重厚なものにしている。

人口六千人の寒村を舞台にしながら、伏線もしっかり仕込んだ、素晴らしい警察小説だ。

それにしても、私は稲葉事件をほとんど知らなかった。
同じ北海道でも、当時は鈴木宗男事件がマスコミを賑わせていたなあ。

北海道の人たちはどう考えていたのだろう。

制服捜査 (新潮文庫)
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