バカ夫婦今更だが、北野武監督の映画『アキレスと亀』のDVDを観た。

昨年劇場公開された時は、ベレー帽姿の主人公に、「今時ベレー帽かぶった画家かよ、ドリフのコントじゃあるまいし・・・」ということで、ほとんど興味が湧かなかったのだが、最近「面白かったよ」という友人の意見もあり、DVDを借りてみたのだ。

・・・そして観おわった後、後悔した・・・。

すごく良かった、まず映像が美しい。
静かな田園風景、そしてたけし自身が描いた、たくさんの鮮やかな絵画。ああ、大きなスクリーンで観れば良かった。

思うに、これは才能がないのに「芸術」という実体の無いものに取り憑少年時代かれた男の物語だ。

主人公真知寿は大富豪の家に生まれた。芸術かぶれの父親は、画家のパトロンをし、画商の言われるままに絵画を買っていた。

そんな環境で、自然と絵を描くようになった少年時代の真知寿。

ベレー帽はその頃、有名な画家からもらったもので、彼にとって一番幸せだった時代の象徴なのだろう。

画家や画商たちは、金蔓の息子におもねって、「いやあ素晴らしい絵だ」「天才だ」と散々彼の絵を持ち上げ褒めちぎる。

父親の権力が強かったため、真知寿が小学の授業中、勝手に絵を描いてもだれも叱らない。

そんな訳で、彼は「自分は芸術家になるのだ」という暗示をかけられてしまったようだ。

しかも自分が好き勝手に描いたものを周りの大人たちがことごとく褒めるため、彼は肝心の「基礎を学ぶ」というチャンスを逃した。これは芸術家としては致命的だ。

いわゆる野狐禅というやつに近い。師に学ぼうとせず、自分勝手な思い込み、妄想だけで絵を描くようになるのだ。

やがて父の会社は倒産、両親は相次いで自殺し、真知寿は貧困生活を送ることになるが、芸術家になる夢は捨てきれず、大人になっても働きながら絵を描き続けた。

だが相変わらず何を描いていいのか分からない彼は、画商におもねり、その意見に振り回されている。この時の画商と真知寿のやりとりが絶妙の間で面白い。コメディセンスはさすがだ。

そして、妻になる女性との出逢い。

妻は画家を目指す夫のためだけに生き、彼以上にその芸術にのめりこんでいくのだ。

さて不思議なことに、真知寿が出会う人々は、概ね彼に協力的だ。

孤児になった彼を引き取った叔父は、悪態は付きながらも絵を描くことを許してくれたし、青年時代、新聞配達所の主人も印刷工場の社長も、絵ばかり描いて真面目に仕事をしない真知寿に優しかった。
画商も、散々嫌味を言いつつも、彼の絵を店に飾ってくれてるし、実の娘に至っては、悪態を吐きながらも、売春(!)をして家計を助けている。

そして妻は言わずもがな。

善意の人々に囲まれ、真知寿は「芸術家になる」という列車から降りる機会を逸してしまったのかもしれない。

思えば彼にハッキリ「下手だ!」と言ってくれたのは、叔父に引き取られていた時、近くに住んでいた農家の知恵遅れの男だけだ。

真知寿は絵を描く時、少しも嬉しそうではない。

本来、白い画用紙に絵を描く、それは原始的な喜びであるはずなのに、「芸術」とはなんと重く辛く、やっかいなのだろう。

アキレスと亀 [DVD]
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