結局、先月まともに読んだ本は、一冊だけだった、反省反省。

吉村昭著『アメリカ彦蔵』。

読み終わった後、何とも言えない哀しみ、孤独感がつのった。

1837年、播磨の国に生まれた彦太郎(のちの彦蔵)は、13歳の時、漂流民としてアメリカに渡り、学問を身につけ、3人のアメリカ大統領と謁見し(そのうち1人はリンカーン)日本人として初めてアメリカ市民権を得る。

流暢な英語で日本、アメリカの橋渡しに重要な役割を果たし、また日本で初めて新聞を発行している。

そんな経済的にも社会的にも恵まれた人生を送りながらも、彼には常に孤独感が付きまとっていた。

元々彦蔵は身内の縁が薄く、幼くして実父を、13歳で母を亡くしている。

初めて水夫として乗り込んだ船が難破し、アメリカ船に助けられるが、当時日本は鎖国政策をとっており、日本の入港はままならず、そのままアメリカのサンフランシスコに渡る。

多くの親切なアメリカ人によって彼は恵まれた生活と高い学問を身につけるが、やはり日本への郷愁は止みがたい。

日本が開国した時を機会に彼は帰国を決心するのだが、彦蔵がすでにキリスト教の洗礼を受けていたのがネックになった。当時の日本はキリスト教はまだ禁制で、無事入国するには、帰化したアメリカ人としての方が万事うまくいくのだ。

9年ぶりに帰化アメリカ人として日本に戻った彼は横浜で通訳として働くが、当時は維新前で攘夷の風が吹きまくっていた。多くの外国人やその通訳が、攘夷の武士から命を狙われている。

身の危険を感じた彦蔵は、一旦アメリカに戻るが、そこも今は南北戦争のさ中で人々の心はささくれ立ち、産業も落ち込んでおり仕事もない。

自分の知っている親切で暖かいアメリカはそこにはない。

失望した彼は再び日本行の船に乗る。どこに行っても自分の居場所はないのだ。

故郷の村に戻っても、そこは自分の夢見た故郷ではなかった。みすぼらしい村で、貧しい人々はぼろをまとい、彦蔵を好奇の目で見ている。アメリカで超一流の生活も垣間見ている彼には耐えられない。

思うに、彦蔵は高いコミュニケーション能力を持っていたのだろう。だからアメリカでも日本でも多くの有力者の援助や協力を得、日米の橋渡しをし、幕末期に大きな功績を残した。

だが、彼の孤独感、自分が根なし草のような寂しさは終生いだいていたのではないか。

彦蔵は61歳の時、胸痛に襲われそのまま還らぬ人となる。

晩年、彼は洋服を排し、着物を着て正座をして過ごし、毎日習字に励んでいたという。

アメリカ彦蔵 (新潮文庫)
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