星野博美著『転がる香港に苔は生えない』を読んだ。

これは、香港が英国の統治下から中国に返還される瞬間を身を持って体験したいがため、著者が2年間、当地で暮した日々を描いたものだ。

その頃、星野氏は30歳のカメラマン。就学ビザで香港入りし、語学学校に通いながら、猥雑な下町の、油断すればトイレの汚水が逆流するような古いアパートで暮し始める。
そして、様々な人々と出会い、笑い、泣き、美しい青年に胸がキュンとしたり、あるいは香港人の強靭な生活力に驚いたり、その複雑な社会構造に頭を抱えたり・・・。

・・・だが読んでいてなぜかテンションが上がらない。決して面白くないわけじゃないんだが。

その理由の一つに、彼女がなぜそうまでして香港に関心を持つのか分からないというのがある。

元々この本、米原万里氏が『打ちのめされるようなすごい本』の中で紹介しており、私自身、香港に大変興味があるので、これは合うかなっと思ったのだ。

まあ香港に興味があるといっても、その知識はほとんど映画からだけど。

香港映画が大好きで、王家衛(ウォン・カーウァイ)作品を始め、香港ノアールからおしゃれな恋愛もの社会派ドラマまで、多くの作品を見るうちに、当地に対してかなりミーハーになってしまったようだ。

著者が香港に渡ったのが1996年8月。返還の一年前。

その頃、映画『恋する惑星』『天使の涙』などで、香港はちょっとした人気スポットになっていた。

そこに若い独身女性カメラマンがやって来て生活する、しかも語学学校の同級生のシスターたちは、有名な重慶マンションの近くに住んでたりするのだ。

途中、著者がカフェの若いウェイターにほのかな恋心を持つ場面もあって、あ、これは何か展開が〜と思ったが、とくに発展もせず。

作品自体は、とてもよくできたドキュメンタリーで、香港人のたくましさ、したたかさ、返還前夜の不安など、リアルで描かれていたが、香港に対して日本とは違う疾走感、ワクワク感を期待していた私には何か物足りない。

きっとこの星野博美さんって真面目な人なんだなと思いつつ読み進んでいるうちに、ある場面でハッとした。

1997年7月1日、返還の日、イギリス軍が去った後、中国から人民解放軍の軍用トラックが次々とやってくる。そして乗っている兵士たちは敬礼をしたまま微動だにしない。

そんな彼らに、思わず彼女は必死で手を振る。そして心情を吐露する。

「私は人民解放軍が好きだったということを」

そうか・・・・。

よく、知的な学生の部屋に、毛沢東やチェ・ゲバラのポスターが飾られていることがあるが、彼女もそんな社会主義に憧れていたことがあるのか・・・・・。

正直な告白が私には嬉しかった。彼女が中国、香港に強い関心を持つ理由も分かった。

社会主義に関心を持っていた著者と単なる香港ミーハーだった私。

スタート地点は全然違うが、そんなさまざまな人をも飲み込む香港はこれからどこに行くのだろう。

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