ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

Category: 食べ物

0295今夜のおかずに白和えを作ろうと思い、途中まで出来ていたのだが、豆腐の水きりが充分でなかったらしく、べちゃっとした仕上がりになってしまったので勿体ないが処分してしまった、うーん、残念。

いつまでたっても料理が下手な私。もっとレパートリーを増やしたいと思っているのだが。。。

さて、料理研究家と名のつく人は多いが、何だかなぁ〜て人も多い。私はガサツな割にはへんに神経質なので、料理を前につばが飛び出す勢いでしゃべったり踊ったりする人はだめだ。おまえだよ、グッチ裕三!

今私の一押しの料理の先生は、鈴木登紀子さん。時々NHKの「きょうの料理」に出ている。おん歳80歳になられる小柄で上品なおばあさまだ。言葉遣いもゆっくりと丁寧、でも大事なポイントをキチンと伝えてくれる。

先生はたまに洋服の時もあるが、たいていは上品な着物を召して襷がけをされている。高齢の方が着物でテキパキ料理をされるのは、それだけ無駄のない動きをしているからだろう。

また教える料理も懐石の凝ったものから、卵焼きなどの初心者向きのものまで、幅広い。

本当の事をいうと、料理よりも先生の姿を見るのが楽しいのだ。私もあんな素敵なおばあさまになれるだろうか。

  


家庭の料理―基礎の基礎

290気温が上がり、のどが渇いてくると食べたくなるのはそうめんだ。食欲がない時でもお腹に入るし、付け合せに椎茸や卵等くふうすれば栄養もじゅうぶん取れる。

とは言っても家で食べるのは大抵いただき物の三輪そうめんとか揖保乃糸。つゆも市販のもの。毎日だとさすがに飽きてくる。

ところで、作家の宮尾登美子さんは大のそうめん好きで、5月から秋口までお昼はずっとそうめんとの事。ゆでたてが食べたさに夏は旅行にも行かず、人からのお昼ご飯の誘いも断るという。

そのそうめんがまた美味しそうなのだ。「母のたもと」というエッセイ集にこう書かれてある。

かつおぶしでダシをとり、できたつゆを一升瓶につめてコルクの栓をし、首に紐をつけて井戸で冷やしたものをガラス皿のめんの上からたっぷりと、ざぶざぶとかけてすするのである。

この上に青柚子のおろしたのを散らして食べるのだが、その香気がのどをこすときの快さは一種の恍惚境とも思えるほどである。

かけ汁も青柚子も私には未体験である。かけ汁はがんばって作ってみるとして問題は青柚子だ。今の時期、青柚子なんてこちらでは売っていない。つかどんなものかよくわからない。柚子胡椒とはまた違うよなぁ。

土佐の人はみなこの食べ方なのだろうか。一度行かなければ。

 

 
母のたもと

神社けさ、ご飯が余ったので、おにぎりにして表面に味噌としょう油を塗り、網でこんがり焼いて食べたところ、まぁその美味しいこと。番茶をすすりながら、はらわたに染み通るとはこの事かと実感。

美味しゅうて やがて悲しき 焼きおにぎり(字余り)

喜びはうつろいやすい。こんな単純極まりない食べ物にうっとりするのならば、今まで作ってきた手の込んだ料理はどうなるのだ、情けなくなった。

何はともあれ、味噌やしょう油というアミノ酸は、私にとって必要不可欠なものだ。

さて、農学博士小泉武夫さんのエッセイに出てくる食べ物はどれも旨そうだ。そしてアミノ酸の匂いがプンプンする。この人は相当食いしん坊らしい、東北の酒造家に生まれからもそれがうかがえる。しかも農学博士だから、その美味しさを科学的に分析しているので説得力がある。本を読むと無性に発酵系の食べ物や漬物が欲しくなる。

漬物といえば、先日見た映画ジョゼと虎と魚たちの中の茄子の糠漬けがすごく旨そうだった。

これは私の偏見だと思うが、きれいな新しい家や店でいただく床漬け(九州ではそう言う)はなぜか美味しくない。昔、ぼろっちぃ長屋に住んでいた同級生の家で頂いた床漬けは絶品だったし、最近まで上得意にしていたスーパーの中の美味しい漬物やさんはある日突然倒産した。もしかしたら漬物の神様は貧乏な家に住み着くのか(あ、もし漬物上手の方がいたらごめんなさい、他意はありません)

そしてわが家の床漬けの味だが・・・まぁ聞かないで下さい・・・。

 

 

 

    


食に知恵あり

駅私はあまり料理は得意ではない。特にハイカラな西洋料理(死語2連発!)、ケーキやパイなどのお菓子類も苦手である。その代り、和物の煮物や白和え、きんぴらやら、つまり年寄りくさいものなら自信がある。

福岡の郷土料理「がめ煮」なんて、漁師の長男に嫁いだ主婦業20年の姉をして「こんな上手いがめ煮、食べたことない!」と言わしめたし、その他のメニューも、大体、老人たちには好評だ。

だが私としては、もっとお洒落な料理も作りたい、そしてテーブルセッティングもバッチリ、栗原はるみさんや藤野真紀子さんになりたいと願うが、気がつくと、せっせと切干大根を煮てたりする。

さて、インサイダー取引で懲役刑になり、先ごろ出所した主婦のカリスマ、マーサ・スチュワート、私はこの人の本が大好きである。

料理、インテリア、ガーデニングすべてが工夫されてセンスが良く、特にクリスマスのデコレーションやディナーなんてウットリする。

でも真似しようとしても出来ないんだよねこれが。脳の構造が、右脳ならぬ和脳になっているせいか、いざやろうとしても、脳からの命令が来ない状態である。超えられない壁だ。

それにしてもお正月を祝いながら、クリスマスにはパーティーもする、日本の主婦ってホント器用だな、つくづく感心する。

 

   
マーサのクリスマス

マーサ

料理自慢の人間って、どうも苦手だ。

その1人が私の姉。突然家にやって来ては、食事の準備が済んでいるにもかかわらず、「特産の○○を持ってきたから」と勝手に山のように料理を作り、自分はとっとと帰っていく。少人数の、それも食の細いわが家族は途方にくれるばかり・・・・。

また、以前招かれた家では、「あ、○○の手作りパンがないから買ってくるわ」とか「もうすぐ友人がドイツ製のなんたらワインを持ってくるので待ってて」とか、やたらもったいぶる。

招かれておいて申し訳ないが、お客よりも料理が主役のパーティーには興味がない。宅配ピザを頼んでくれた方が、よっぽどうれしい。

さて、小説の中の料理上手な女性と聞いてまず思い浮かべるのは、P・コーンウェル著、検視官シリーズのケイ、逆に下手なのは、スー・グラフトン著、私立探偵キンジーだ。

ケイは特にイタリア料理が得意。というかこの人何でも出来るので、完璧すぎてつまらない。

一方、キンジーは、せいぜい作るのがチーズを挟んだサンドウィッチぐらい。おなかが空くと、近所の愛想の悪いハンガリー人のお店に食べに行く。

キンジーは、べたべたした人間関係を嫌い(でも決して人間嫌いではない)、独立心が強く、身の回りを飾り立てない。無駄のないシンプルライフをおくっていながらギスギスしていないのは、彼女の住むカリフォルニアの空のような、明るい性格のせいだろう。

食べることはもちろん人生の楽しみの一つだが、やたら時間を使い気を使って珍味を食すより、キンジーと一緒に明るい空のもと、わいわい楽しく、安物のワインやピザを食べてみたいものだ。

    


証拠のE

こねこ

私の友人が以前、野うさぎを自分でさばいて食ったそうだ。正確には飼っていた猫が、山で野うさぎを仕留め(ハンターか!)戦利品として家に持ち帰ったものを料理したらしい。高校時代ワンダーフォーゲル部(川口探検隊みたいなもん?)にいた彼女はかなりワイルドな女で、肉は野生の木の実などを食っているせいか、嫌な臭いもなくとても美味しかったとの感想。

うさぎと言えば、「指輪物語」フリークであれば、まず庭師サムの作る「香り草入り兎肉シチュー」を思い出すのではないだろうか。一度は作ってみたいと思うが、うさぎの肉などなかなか手に入らない。

さて、「指輪物語」には、おいしそうな食べ物が数多く登場する。どれも簡素だが清潔で作り手の愛情溢れるものばかりだ。マゴットじいさんの茸とベーコン、トム・ボンバディル家の蜂蜜やベリー。そして洞穴でファラミアがもてなしてくれた、葡萄酒とパン、チーズ、塩漬け肉と果実。

またホビットたちの飲むビールのうまそうなこと!天然100パーセントのビールはこくがあって飲みごたえありそうだ。

1つの指輪の重荷を背負ったホビットのフロドは子供の頃、きのこ泥棒をしたくらいの食いしん坊だった。それがこの辛い旅で日に日にやつれていき、食べ物の味さえ忘れていくのが悲しかった。

さて明日は寒そうだ。うさぎはちょっと手に入らないから、きのこのシチューでも作ろうか。

   


新版 指輪物語〈1〉/旅の仲間〈上〉

文子さん今日、久しぶりに友人とレストランに行った。その時不思議な塩を発見。 岩塩なのだがパンに振りかけると、あら不思議、ゆで卵の味がする。

これはいい。ゆで卵フリークにはたまらないだろうし、肉や魚にかけると、なぜか今度はその味を旨く引き出してくれる。お店の人にたずねると硫黄成分が入っているパキスタン製の岩塩との事。

卵と言えば私は、生まれて初めて卵かけご飯を食べた日を覚えている。父がご飯の上で、今や生卵を割ろうとした時「ああ、ひよこが出てきたらどうしよう!」と心配したものだ。まだ3、4歳だった。

また我が家は当時ニワトリを飼っていた。情緒的なものより食欲が勝っていた幼い私は、「今日はニワトリを締めるよ」と母から言われると小躍りして喜んだものだ。

初めて自分で作った料理も覚えている。家の裏に小さな山があり、野草や野苺などたくさん生っていた。お腹が空いた4歳の私は、食パンを2枚持ってひとり山に入っていった。そして野苺を摘んでパンに挟んで食べる。おいしかった。

やがて小学校。駄菓子屋で赤や紫色の毒々しい菓子を食べ、チクロ入りのジュースを数え切れないほど飲んだ。

今自分が健康でいられるのは、ただただ運が良かったからだと思う。食の冒険はしないのに限る。

でも4歳の時食べた、あのサンドイッチの味・・・。

もし地球最後の日が来たら、その時は食パンと卵の味のする岩塩を持って、あの裏山へ行こう。そしてイチゴと卵のサンドイッチで最後の晩餐をするのだ。まだあの山があればの話しだが。岩塩

 

 

たまご味岩塩

 

 

 

 

 

 

 

                    

 

はんぺんが、無い。
昨日から探しているのに、無い。
2軒のスーパーを回ったのだが、どちらも売り切れだった。
そんな・・・はんぺんは伊達巻を作るときの必須アイテム。困った。
あの、白くて四角でふわふわして塩味しかしない、「無個性」を絵に描いたような、もしくは「あなた色に染まります」とこびる従順なデステモーナのようなはんぺんはどこへいったんだ。反乱か、革命か?助けて紀文さん!
 
それと今の時期、正月用根菜類の値段が高いのにムカつく。乾物類は早めにまとめ買いをしていたが、野菜類はあまり早く買うと傷んでくるし・・・。  くそっスーパーめ、客の足元見やがって・・・・。
 
・・・買い物で疲れた神経を癒すには休養が一番。大掃除と年賀状出しは明日する事にして、ココアでも飲んでゆっくりしよう。
 
テレビは特番みたいなのばかりで、(昨年はNHKで映像の世紀を放送していたが)面白くないので、結局本を読んで過ごす。
日常の雑務で疲れた時は、すごくリッチなもの、現実とかけ離れた優雅なもので、逃避をしようということで、辻 静雄さんの「フランス料理の手帖」と、邱 永漢さんの「旅が好き、食べることはもっと好き」をパラパラと眺める。
 
キャビアの本格的な食べ方、世界最高三ツ星レストランのメニュー、食卓の音楽の歴史、20余年、ヨーロッパを中心に最高の味を求めてきた辻さんのエッセイは、優雅さが凝縮している。もちろん贅沢なだけでなく、フランスのお百姓さんが食べる地元料理の言及も忘れない。            また邱さんは、ヨーロッパはもとより、香港を始めアジアの最高料理を味わい尽くしている。
                                            私はグルメではないので、この2人が味わった料理を追体験したい!とは願わないが、ゆとりのある暮らしや、その考え方は羨ましい。
 
ところで邱さんは、著書の中で、コロンボのリゾートホテルを推賞している
まるで自分がインド総督になったのではないかと思わせる、ホテルのサーヴィスの雰囲気、そして海岸線が西を向いているので、どのホテルに泊まっても夕陽の落ちていく海辺が大そう美しいとのこと。
きっと邱さんは美しい夕陽を何度も眺めたのだろう。
 
今そのスリランカのコロンボは、津波で大きな被害を受けている。       
 
2人が褒め称えたホテルやレストランも、今も盛況かというと、そうでもない消えてしまったのもある。それはせん無いことだ。
 
さて、明日はルイ王朝の食卓に思いを馳せながら、はんぺんを買いに行こう。
 
 
 
 
 
機関車
フランス料理の手帖
旅が好き、食べることはもっと好き

イヴの夜である。街を歩いていると、さまざまなクリスマスソングが流れている。レトロ2今年は特にワム!の「ラストクリスマス」がよく流れているように思う。ドラマの影響か?

ところで「ワム!」と聞くと私はいつも漫才の「ツービート」を想い出す。タケシのマシンガントークに圧倒されながら、一生懸命あいづちのタイミングを計っていたあの相方は、今なにしているんだろう。そして、 作詞・作曲・ボーカルついでにカミングアウトまでしてくれたジョージ・マイケルのとなりにいた人、名前なんだっけ?

今の時期、私はクリスマスより正月の準備、おせちの用意で頭がいっぱいだ。その上まだ年賀状も出してない。大掃除もまだだ。お金もおろさなくては。な訳で、クリスマスの話題はスルーします。第一、最近は生クリームのケーキひと切れ食べただけで胸焼けしてしまう。年は取りたくないもんだ。

おせちといえば、池波正太郎さんの「食卓の情景」に出てくるおせちは美味しそうだ。老母が作るなんの変哲もないものだと池波さんは謙遜しているが、味がしみてお酒の肴にぴったりな気がする

料理は下手だが、おせち料理を作るのは大好きだ。元旦にいただくのを考慮に入れて今から少しずつ準備をする。そして時間を味方につければあら不思議、おいしいおせちが出来上がる。

のろまの私はリアルタイムでテキパキと食事の準備をするのは苦手だが、おせちのように時間をかけて味をしみこませる、味をつくる料理は好きだ。きっと池波さんの年老いたお母さんもゆっくりと心を込めてつくったのだろう。

それに比べると幸田露伴が娘、文さんに準備させたお正月料理はすごい。要求のあまりの厳しさに、文さんは正月なんて無ければいいのにと願っていたらしい。でも必死で父の要求に応えようと奮闘している姿は心を打たれる。

晩年文さんは、便利な電化製品がたくさん出てきた事について  「これで女の自由な時間が出来る」と大変喜んでいたそうだ。

池波正太郎さんのお母さん、幸田文さんどちらも明治生まれ。冷蔵庫も炊飯器もガスもない時代、孤軍奮闘していた明治の女たちに思いをよせるのである。

 

 

 

  


食卓の情景
父・こんなこと

社長日記のほりえもんさん、グルメですねぇ。あまたの有名料店で召し上がり、自らもまめに食材を吟味しては手料理をなさっている。たまには"今日はお茶漬けだけ"の日はないのか。まぁ食い物は万人向けの話題だし悪いことではないのだが、グルメではない人間にはちとつまらない。
 
そう私はグルメではないのだ。温かいご飯と漬物、お茶があればいい(人によってはそれもグルメと言うが)。美味しいものを食べるのはもちろん好きだが、そのために膨大な時間と手間を費やしたいとは思わない。だが今の時代、そんな人は少数派ではないだろうか。
特に20歳をすぎたいい年の女性が「私料理が出来ない」と宣言するのは大変な勇気がいる。どれくらい勇気がいるかと言うと、「私はセックス大好き!」と宣言するくらい・・・は大袈裟だが、まぁそれくらいだ。バリバリのキャリアウーマン(死語)でさえ趣味は「料理」というのは多い。というか出来る女ほど自分は料理好きっているのをアピールしたがっているように思う。料理が下手な女は軽蔑の対象になりえるのを、彼女たちは熟知しているのだ。
 
林望著「イギリスはおいしい」
実はリンボウさんのあまりのイギリスまんせーな姿勢に辟易して最近はほぼ斜め読みしかしないのだが、この本はいい。
まずイギリス人たちの料理に対する雑駁な姿勢が好きだ。
今食べている物の味やなんかを、ちまちま吟味するのではなく、料理なんてそれこそ刺身のつまで、それを囲んでのコミュニケーションこそ大事なのだ。いいなぁ。
それにつけても思い出すのは子供の頃。家に客が来ると、母は殆ど会話には参加せず、ひたすら料理を作っては台所と茶の間を往復していた。「せっかく来たのに、なぜ一緒にお話をしないのだろう」お客が帰った後、大量に残ったご馳走を見ながらいつも思ったものだ。
 
ところでもうすぐお正月だが、私はおせち料理が大好きだ。決して料理上手ではないが、あのちまちまとした作業、そしてひとつのお重が出来上がったときの達成感がたまらない。プラモデルが完成したときの感動に似ている。
 
料理は清潔でバランスの取れたものをシンプルに、もしくは遊び感覚で。それで充分だ。
 
 
 
見返りねこ
イギリスはおいしい

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