ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

スポーツ

とまどいの大地

今までほとんどテレビを見ることがなく、たまに居間のブラウン管テレビでニュースを見るくらいだった私だが、このたびハイビジョンプラズマTVとついでにブルーレイを購入してしまった。

ちなみにメーカーはパナソニックでVIERA42V型。ブルーレイは同じくパナソニックのDIGA。

見たい番組や映像がたくさん出てきたのが理由だが、何といっても、「ワールドカップを見たい!」という強い欲望が第一だろう。

ああ何というハイビジョンの美しさ、そしてワイドなこと。ブラウン管とは比べ物にならない視野の広さ。

選手の動きの隅々まで見られる、まさにワールドカップのために作られたような映像にすっかり魅入られてしまった。

ついでに、デジタル放送では、たくさんのハイビジョンチャンネルがあるのを知るにいたり、今までテレビを見なかった分、まるで田舎者のおぼこな娘が都会に出た途端、けばくなっていくように、すっかり映像に毒されてしまった。堕落してしまうようでこわいよう。

しかもブルーレイの美しさにも魅せられてしまい、このままでは通常のDVDを受け付けられない体になってしまいそうだ。

まぁ私のTV中毒は置いといて、ワールドカップだが、まず「ブブゼラ」の音に戸惑いを感じた。

以前、アフリカ戦では、応援に太鼓の音がよく聞こえたもので、その太古の響きがいかにもアフリカ大地という感じで好きだった。
ブブゼラは南アフリカの文化ということだが、大会が終わるころには、この音も懐かしく心に残るのだろうか。

さて、初戦の南アフリカ対メキシコだが、メキシコゴール!!試合自体はメキシコが主導権を握っていたにも関わらず、なかなかゴールが決まらない。
若きフォワード、ドス・サントス君が何度もシュートをするもゴールにならず、逆に南アフリカに先制点を取られてしまう。

結局1対1の引き分けになったが、いまいちメキシコの良さが出ないまま終わったように思う。

そしてアルゼンチン対ナイジェリア。

結果的には1対0でアルゼンチンの勝利だが、メッシュのシュートも決まらず、なんか不完全燃焼というか内容的には引き分けのようなゲームだった。

そしてセルビア対ガーナ。

セルビアという国には思い入れがある。4年前のワールドカップにセルビア・モンテネグロという国名で(て言うか開催時にはその国名も無くなっていたのだが)出場した時、対アルゼンチン戦で屈辱的な惨敗をし、しかも「開催国で一番マナーが悪い」とマスコミにも叩かれていた。(理由として国歌を歌わなかったからというのがあったが、国歌を覚える間もなく国名が何度も変わっていたのに・・・)

雪辱をぜひ晴らしてほしいと願っていたのだが、このたび「セルビア」という国名で立派に出場を果たした。偉いものだ。

チームセルビアだがこのガーナ戦でも、セルビアには不運が付きまとった。

終盤、レッドカードで選手が一人退場、セルビアは8人で戦うことになったが、逆に動きがより攻撃的にシャープになり、おお、もしや先制点いけるかもと思ったが、ガーナのゴールキーパーに阻まれ、逆に、ハンドでPKを取られる。
そして、PKで1点を取られて試合終了。

セルビアには次回の健闘を期待したい。

振り返ってみると、アフリカ勢の安定力、ゴールキーパーの強さと、逆に強豪国の戸惑いというものを感じた。
アフリカと言うと、高い身体能力だけしか思いつかなかったが、底知れない力があるようだ。

そんな訳で、ちょっと残念な内容だったが、まだワールドカップは始まったばかり。

アフリカの大地に、これからどんなドラマが待っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

オリンポスの果実は苦い

もう旧聞に属する話題だが、先月、北京オリンピックが開催中の間、普段は見ないテレビに、毎日かじりついていたものだ。

だが一方で、メダリストらが、テレビ局のスタジオに呼ばれてのトーク番組や、選手の生い立ちなどを紹介する番組などは不愉快で、すぐ切ってしまう。

私はオリンピックの選手とは、4年に一度、下界に降りてくるオリンポスの神々だと思い込んでいるので、タレント相手のかみ合わないトークや、家族のことだの、どんな食べ物が好きだの、好きな芸能人だのは聞きたくないのだ。

だがそんな私の耳にも、嫌というほど入ってきた言葉がある。それは『感謝』だ。

日本のメダリストたちは、インタビューの時、必ずと言っていいほど、こんな言い方をした。

「自分ひとりで勝ったのではない」「応援してくれた皆さんのおかげ」「仲間や家族に感謝している」「自分を育ててくれた方々に感謝」

まるで日本IOCからお達しがあったのかと思うほど、みな同じような返答をしている。

おいおい、応援してくれた皆さんのおかげって、私ら寝っ転がってビール飲みつつ観てただけだよ。

君たちは、少なくとも私の百倍努力してきたじゃない。なんでそんな謙虚な物言いしかしないのだ。

『仲間がしっかり守ってくれたので、最後まで投げられた。仲間のみんなに心から感謝している』

ちょっと上野さん、みんなが打ってくれなかったから、あなた2日間で3試合、合計413球を投げるという死闘を強いられたんでしょうに。

でも彼女の澄んだ瞳は嘘をついていない。

心からそう思っているのだ。

スポーツも究極を極めるとそんなイエス・キリストのような心境に達するのだろうか。

さて、こんな日本のメダリストたちの言動を、偏屈な哲学者、中島義道は、どう分析したのだろうか。

彼の著書『私の嫌いな10の人々』を読んだ。

戦う哲学者、義道の嫌いな人はこんな人々だ。

1、笑顔の絶えない人

2、常に感謝の気持ちを忘れない人

3、みんなの喜ぶ顔が見たい人

4、いつも前向きに生きている人

5、自分の仕事に「誇り」を持っている人

6、「けじめ」を大切にする人

7、喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人

8、物事をはっきり言わない人

9、「おれ、バカだから」と言う人

10、「わが人生に悔いはない」と思っている人

おお、まさにメダリストの(マスコミが作った)キャラクターそのものではないか。

私は中島氏と違って、こういう人たちが嫌いではないが、たぶん親友にはなれないだろうと思う。

「肉体の祭典」でありながら「いい人」を強要される世界。

オリンポスの果実はこうも苦くなってしまったのか。

私の嫌いな10の人びと

 

 

 

 

 

 

 

 

無印の誇り

早いもので、本日(8月24日)で北京オリンピックは閉会式を迎える。

8月8日以来、すっかりオリンピック漬けだった日々は終わるのだ。ああこの喪失感を何で埋め合わせればよいのだろう。

数々の感動シーンがあった。

ソフトボール選手らのキラキラした瞳も印象深いが、私がもっとも心に残ったのは、11日に行なわれたバドミントン女子ダブルス、末綱聡子・前田美順が、世界ランキング一位の中国ペアと闘った準々決勝だ。

末綱・前田ペア実は私は末綱・前田ペアの名前を知らなかったし、観たのもリアルタイムではなく録画だった。

外出から帰ってきてテレビを付けたら、たまたま試合が始ったばかりで、何となく見ていたのだ。

最初は日本人ペアは動きが硬く、中国ペアとの格差は歴然だった。

ミスも多く、簡単に第一セットを取られてしまい、「ああ日本、ストレート負けかなぁ」と思っていたのだが、2セット目から俄然面白くなった。

スマッシュが決まるたび末綱・前田の表情が少しずつ明るく、そして動きも生き生きしてきた。

クールで、勝っても負けてもあまり表情を変えない中国ペアに対し、失敗すれば天を仰いで悔しがり、勝てば笑顔で抱き合う日本の2人。

勝利の女神は、天真爛漫な女たちに味方し始めたようだ。

そして接戦の末、第二セットは日本がゲット。

こうなるともう勢いは止まらない。

見違えるような動き、スマッシュの正確さ、自信にあふれた表情。

第一セットの時と全然違う。

短時間でこんなに人は変わっていくものだろうか。

結束元々の実力に加え、自信、試合のリズム、運、すべてが彼女らに味方し日本ペアは、第三セットも取り、中国に勝利した。

そして13日、準決勝を迎える。相手は韓国。

第一セットは韓国に取られたが試合内容は悪くなかった。とくに後半のラリーの応酬は圧巻だったが、その後がいけない。

韓国の選手が、日本が有利になりそうになると、やたらクレームをつけだしたのだ。

そのたびに、何度も何度も試合は中断する。間延びした時間。

バドミントンはラリーポイント制で2セット先取したら良い、スピーディーな競技だ。

先行逃げ切りと言うか、先に調子の波に乗った方が絶対有利だ。

たぶん韓国は、末綱・前田を研究し、彼女らを調子に乗らせたら負けだと考え、日本が波に乗り始める前に、執拗にクレームで時間稼ぎをしたのではないだろうか。

韓国選手が抗議している間、純朴な九州出身の二人は何のすべもなく立ちすくんでいる。

「ああ、まずいな、これじゃリズムに乗れない」

案の定、この試合、前回のような調子の波に乗れず、凡ミスもふえ、結局ストレート負けを喫した。

その後、末綱・前田ペアは三位決定戦でも敗れ、日本人初のメダルの夢は消えたのだ。

それにしてもあの韓国選手。執拗なクレームの時、何度か審判の体にタッチしていたが、あれサッカーならイエローカード、悪ければレッドカードだろう。

また、たびたびの時間中断に対し、何も言わない日本コーチ陣もなんだかなぁと思った。

とにかく理不尽な一戦であった。

まあ理不尽も不運もすべて併せ持つのがオリンピックなのだろう。

そしてオリンピックがなければ私は末綱・前田ペアとめぐり合うことはなかったわけで。

やがて時間がたてば、北京オリンピックの記憶も少しずつ薄れていくと思うが、8月の暑い日、2人の日本人選手が見せてくれた、ひたむきで濃密なひと時は、いつまでも私の心に残るだろう。

歓喜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスコミは相撲が嫌い

朝青龍以前、毎日新聞に載っていた著名人らのスポーツに関してのコラムで、蓮見重彦の話が面白かった。

曰く、
「日本人は、スポーツが嫌い」というのが、私の持論だ。

確かに、例えば今年の早慶戦は、神宮が満員になったが、ほんとうに大学野球が好きで観戦した人はどれくらいだろうか。

ハンカチ王子目当ての人が多数いたはずだ。

ハニカミ王子にしても然り(それにしてもセンスのないネーミングだ)

だが、私は蓮見さんは間違っていると思う。

「日本人はスポーツが嫌い」ではなく、「日本のマスコミは、スポーツが嫌い」なのだ。

嫌いだから当然、そのスポーツの素晴らしさを、人々に伝える事が出来ない。

だから、華のある選手、絵になりそうなアスリートを見つけると、芸能タレントのように持ち上げて、スポーツに対する自らの知識不足、力不足をごまかそうとする。

そして持ち上げる時も凄いが、落す時はもっと凄い。

さて、スポーツではないが、今回の朝青龍に対するマスコミの、容赦のないバッシングには、心底呆れてしまう。

確かに横綱は悪い。お灸をすえるべきだ。

だが、減給の他に、2場所休場、出稽古も禁止というのはいかがなものか。

彼は4年半、異国の地で、1人横綱で頑張ってきた。

やっと新横綱もうまれ、琴光喜も大関になった。俺も肩の荷が下りた。ここらでゆっくりしたい・・・そんな気持ちだったのではないか。

故郷モンゴルで、子供達とサッカーに興じている映像が繰り返し流されたが、めったに見ない、あの無邪気な笑顔に、日本ではいかに緊張を強いられた生活をしているかが偲ばれた。

もちろん悪いことは悪いのだから、処罰は必要だが、今回のは、まさに引退勧告のようではないか。

彼のスピード感のある動き、小柄でありながら天才的な取口。
それらが2場所も観られないのは、相撲ファンにとって残念だ。

マスコミは彼の魅力的な取口を知らないから、あんな無責任なバッシングが出来るのではないだろうか。

多くの相撲ファンは、今回の朝青龍に対しては
「朝の奴、バカな事しやがって。とりあえず今回は謹慎して、じっくり反省するこったな」
ぐらいだと思う。

今、朝青龍に必要なのは優秀な通訳もしくは、ブレーンだ。

巡業が角界にとってどれだけ大切なものか、そして日本社会と馴染むには何をし、何を慎んだら良いのか、的確なアドバイスをしてくれる人をつけるべきだ。

そして休場後、来年の初場所、圧倒的な強さで優勝し、マスコミと日本相撲協会の鼻をあかして欲しい。

 

 

 

 

 

 


 

狩猟民族の引退

1ヵ月の熱戦が終わり、喪失感にさいなまれている今日この頃。

アズーリ応援してたので優勝は嬉しかったが、それにしても最終戦の予想外の出来事にはたまげた。

不穏な空気の中、ジタンの頭突き映像が流れた時は、すわっ、乱闘騒ぎに発展するか!?と色めきたったものだが、さすが伝統あるワールドカップの決勝戦、そんな愚行をする人はだれもおらず、当事者だけが静かに去っていった。

だが残り試合のイタリアの動きの悪い事。フランスは10人、しかもエースを欠いているのだから絶好のチャンスなのに、まるで気の抜けたようなプレーなのだ。そして心配していたPK戦突入。ジタンの退場にショックを受けているのはイタリアのような印象を受けた。

それにしてもこの日のジタン、いつもと違っていた。妙にニヤニヤしていたし、最初のPKも人を食ったようなチップキックだ。いくらベテランとは言え、大事な場面でそれをするかなぁ、と不思議だった。

思うに、もう彼の心は半分ピッチから離れていたのだ。そして退職を決めた社員が積年の鬱積をはらすように、あの行為に出たのだろう。マテラッティが何を言ったかは関係ない。ゲーム中の罵り合いには慣れているだろうし。

有終の美を飾り、花道を引き揚げていく34歳。そしてMVP、伝説として語り継がれる英雄・・・・・・。

マスコミがお膳立てした道をジダンは選ばなかった。たとえあと数分ガマンすれば栄光ある人生が待っていたとしても、彼は今の自分の気持ちを最優先した。

そう彼は狩猟民族なのだ。先々のことを考えて自分を抑える農耕民族とは違う。だからこれまでやって行けたのだろう。

メディアが勝手に作り上げた聖人君子のイメージなんてくそくらえだ。風当たりは厳しいだろうが、彼の才能・実力は比類なきもの。これからも自分らしく生きて欲しい。                      アデュー。

 

 

 

切なさの正体

7月1日深夜のワールドカップ準々決勝、イングランド対ポルトガル戦。

極端にイングランド寄りの実況をする民放のアナに、ポルトガルを応援していた私は呆れてしまったが、怒りよりも逆にファイトが沸いてきて(つかこんな真夜中にファイトが沸いても仕方ないのだが)、ラスト、C・ロナウドがPKを決めた時のカタルシスは計り知れなかった。ありがとう、日テレアナ。

さて準決勝までの中休み、久しぶりにゆっくり寝てのんびり過ごそうと思っていたのに、夜になると寂しくてたまらず、普段見ないウインブルドンなどを観戦して時間をつぶす始末。

早く試合が見たいと思いつつも、いざ試合が始まると、胸が苦しくなり呻吟する。特にお互い拮抗したゲームが続くと、ああ早く時間が過ぎて欲しいと願うが、そんな試合に限って延長戦、PK戦へともつれ込む。

ワールドカップとはどうしてこんなに切ないのか。見ていても楽しさよりも悲しさ口惜しさのほうが多い。でも見ずにはいられない。だがそれも、もう終わりが近づいている。

今度の月曜の早朝、やっと苦しみが終る。そして思うだろう、ああ6月9日の開幕戦の日に戻りたいと。

降り続く雨音を聞きながら、切なさがより募ってくる。なぜ多くの人々は、あんなに陽気に観戦できるのだろうか。

 

 

 

 

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