ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

欧州文学

死に行くものへの祈り


その他最近マイブームになっている、須賀敦子氏の『トリエステの坂道』を読んでみた。

読み終わってつくづく思う。

死や別れ、貧しさ、衰退など、世間一般ではネガティブと呼ばれるものに対する眼差しの、なんと優しいことか。

まず1番目のエッセイ「トリエステの坂道」

これは彼女が、イタリアの詩人ウンベルト・サバの足跡を尋ねて、彼の故郷、イタリアの町、トリエステをさ迷い歩く1日の話だ。

20年以上前、夫と共に夢中になった詩人サバ。

いつか一緒にトリエステに行こうと言った彼は、約束を果たせぬまま若くして亡くなる。

実は彼女の目的は、サバではなく、亡き夫への鎮魂の旅だったのだと大方の読者は分かるだろう。

かつて繁栄していたが、今はさびれた港町であるトリエステは、彼女の心象風景とぴったり合うのだ。

さて、このエッセイ集には、有名な作家も、市井の貧しい人たちも出てくる。

そして彼女は、誰に対しても、目線は同じだ。

少し知恵遅れで街角で花を売っている男も、売春婦も、イタリアを代表する女性作家も彼女の中では同じなのだ。いつかは死にゆくものたち・・・。

そして、落ち着きのある文章を読んでいると、衰亡していくのもまた人生かな、と納得してしまうから不思議なものだ。

 

 

 

 

 

 


 

霧にぬれたイタリア

風景今まで私が「イタリア」という国に描いていたイメージといえば

「明るい太陽」「パスタ」「陽気な男たち」「お洒落」「パヴァロッティ」・・

何ともステレロタイプの、それも浮付いたものばかりでお恥ずかしい限りだが、須賀敦子氏の本を読むようになって、そのイメージが少しずつ払拭された気がする。

彼女のデビュー作『ミラノ 霧の風景』を読んだ。

ここで描かれているイタリアは、さんさんと陽のふりそそぐ国ではなく、表題のように、少しくすんだミルク色の霧に包まれている。

だが陰鬱なのではない。しっとりと情感あふれ、かつ知性的な文章は、作者の教養の高さと繊細さを物語っている。

その流れるように美しい日本語の旋律の中に、しょっちゅう私の知らないイタリアの地名や、詩人、作家、宗教観などが出てくる。

あわてて古い世界地図帳を引っ張り出して場所を確認したり、知らない言葉を検索したり・・・・。

読者はある一定以上の教養があると想定しているのか、それとも単に私が無知に過ぎないのか・・・。

だが不親切だとか、高飛車な感じは全くしない。

いちいち注釈を入れたり、説明が多くなったら、せっかくの美しい言葉のせせらぎが止められてしまう。
読者はだから無粋なことは言わずに、静かに身をゆだねればいいのだ。

さて、この珠玉のエッセイ集の中で特に好きなのが「鉄道員の家」だ。

ミラノで生活している氏の周りには、やはり教養の高い人たちが集まっている。大体が裕福で、貴族出身の友人もいる。

その中にあって氏の夫、ペッピーノは貧しい鉄道員の息子だったのだ。

ペッピーノの子供時代は、まさにあのイタリア映画『鉄道員』を彷彿させる。

貧しい暮し、頑固で融通の利かない父、心配性の母、それに加えて、現実の彼の兄と妹は結核で早逝している。

思わず『鉄道員』に出てきた可愛い坊やが、貧しい中苦労しながら勉強し、書店を経営するようになり、やがて日本から来た聡明な女性と結婚するのを想像してしまった。

ちなみに映画の中の主人公の家の間取りは、ペッピーノの実家の鉄道官舎のと、スイッチの位置までそっくりだったという。

さて、幸せな結婚も束の間、鉄道員の坊やだったペッピーノは、5年後、病気で亡くなる。

そして20年以上たち、日本人の妻は、その熱い想い出を書き綴ることになるのだ。

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)

 

 


 

 

 

 

 

 

 

失われた家族

窓「読まなきゃ良かった・・・・」

アゴタ・クリストフ著『悪童日記』『ふたりの証拠』に続く三作目『第三の嘘』を読み終えたばかりの正直な感想だ。

胸がひりひりするような痛み、脱力感。読後、心に浮かんだのは、どこまでも続く、寒々とした冬の荒野だ。

二作目『ふたりの証拠』を読み終えた時点では、謎解きの要素が、まだ残っており、この双子は本当に存在したのか、これまでの話の矛盾をどう締めくくるのか興味があったが、『第三の嘘』を読み進むうちに、謎解きや矛盾などどうでもよくなって来た。

ここに描かれているのは、残酷なまでの喪失感だ。

一度失われたものは、二度と帰ってこない。家族、故郷、そして愛する人々・・・・。

物語の主人公達は、まさに厳しい現実の暮しの中で、失くしてしまった幻だけを支えに生きてきたのだ。

正直、『悪童日記』のあの悪ガキたちが、こんな寂しい最後を迎えるなんて思いもしなかった。

そして思った。
三部作を読み終えた後の、孤独感をいやすには、また最初の『悪童日記』を読見返すのが一番だろうと。

ふたりの証拠

 

 

 


 

消えてしまった双子

アゴタ・クリストフ著『悪童日記』の続編、『ふたりの証拠』は寂しい物語だ。

さっきまで一緒に遊んでいた友達が急に消え、泣きながら荒野をさまよい歩くような孤独感を感じた。

時代は、苦しい戦争が終わって、やっと平和な暮しが来ると思いきや、待ち受けていたのは外国から来た占領軍による支配と、厳しい全体主義政権の締め付けであった。

その町で、少年リュカは一人生きていく(双子の片割れは、国境を越えてしまったのだ)

そして不思議な事に、この続編では双子の存在がまったく消されているのだ。町の人はだれも、最初からリュカが一人だったように扱う。

そしてその町の人々が皆、孤独を背負っているのだ。不義の子を産んだ娘も、本屋の親父も、共産党幹部も、図書館の司書も。

ああこれに比べたら前作『悪童日記』は、戦時中で明日をも知れない暮しでありながら、なんて生き生きとした楽しい日々であったことか。

あの強欲なおばあちゃんでさえ、あたたかい懐かしげな人に思えてしまうから不思議だ。

そしてリュカの謎はますます深まるばかり。彼は本当に双子だったのか。

そんな訳で、続編『第三の嘘』いつか読みます。

ふたりの証拠

文盲 アゴタ・クリストフ自伝

 

僕たちの戦争

以前から気になっていた小説、アゴタ・クリストフの『悪童日記』を読んだ。

時代背景は、第二次世界大戦末期のハンガリーの田舎らしい。
長引く戦争で、はなはだしい食糧危機のため、都会に住む母親が双子の息子たちを田舎に住む祖母にあずける事から話は始まる。

この祖母が凄まじいババァなのだ。不潔で粗野で強欲で、村の人々からは「魔女」と呼ばれている。

そして孫である双子の少年たちを「牝犬の子」と呼び、口汚くののしる。

日本でも戦時中、疎開先で虐待された子供の話を聞いたことがあるので、そういった類の、少年達の成長物語かなぁと思ったらさにあらず。

この10歳ほどの双子たちの、まあしたたかな事、冷酷で逞しいのはババァ以上だ。

話の内容はかなりハードで、思わず目をそむけたくなるようなグロな場面も多い。もし映画化されたら絶対15禁か18禁になるだろう。

それなのに、なぜかサクサク読めるのだ。その秘密は独特の乾いた文体である。

主観の一切入らない、感情のない描写によって、自分自身がすっと双子の「僕ら」の中に入って行ける。こんな感覚は久しぶりだ。そして「僕ら」はこの陰惨な世界の中で不思議に生き生きと楽しそうだ。

作者自身も「解説」の中で戦火の中、子供時代を過ごした事について「かなり幸福な子供時代だった」「むしょうに懐かしい」と述べている。

この発言、私は何だか分る気がする。大人と違って、明日がどうなるか分らない非日常な生活は、子供にとって毎日がワクワクの冒険気分なのだろう。

さて、好調に読み進んできたこの物語、ラストで大きな疑問に出会う。思わず「なぜ?」と呟いてしまった。

そしてその疑問を解決するため続編『ふたりの証拠』を読んだのだが、解決するどころか謎は深まるばかり。つか、双子自身、本当に存在していたのか・・・。

やはり三部作の最後『第三の嘘』まで読まねばならぬのか。

そしてあの感情を省いた乾いた文体自体が、一種のトリックらしいと気がついた時はもう遅い。

恐るべしアゴタ・クリストフ。彼女こそまさしく「悪童」だ。

 

 

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