ある活字中毒者の日記

       神は細部に宿る

Category: 日本文学

白洲正子のエッセイ『両性具有の美』を読んだ。いやぁ楽しかった。

元々この人の文章は好きなのだ。妙なてらいがなく、ざくざくと核心を突いてくる所が気持ち良い。

以前も『白洲正子自伝』の中で、柳原白蓮の事を、「世間見ずのわがままなお姫さま」と非難していたが、思わず「世間見ずのわがままなお姫さまって、あんたのことやろー!!」と、突っ込みを入れたくなったが、そこがまた妙に憎めないんだなぁ。

さて、『両性具有の美』との表題だが、「女性」は見事なまでにスルー。「男色」の歴史、ホモセクシャル、美少年礼賛、といった具合で、女子には嬉しい一冊である。

まずは西洋、そして日本のヤマトタケル、源氏物語、西行、世阿弥、南方熊楠などが結んだ、性差を超えた愛を語っている。

ここで語られる「両性具有」とは、単なるオカマやホモではない、もっと深いもの、人間が男女に分かれる以前のかたちらしい。

あまりに完全無欠であったがために神様から男女の二つに引裂かれてしまったもの、具体的には10代の男の子たち。

この年頃の少年の、時に浮世離れした美しさにはドキリとするが、花の命ならぬ美少年の命は短い。

その儚さが、また物のあわれを感じるのだが、世の中にはその美しさを持ち続けている人もいる。でも彼らは女なぞ相手にしない。

「完全無欠」であるがゆえ、下世話な男女の性愛など求めず、彼らは性を超えたもっと高みを望んでいる。

そして孤高であるがゆえの、居心地の悪そうな憂いを含んだ表情や、たたずまいが、ますまず周りの人を男女問わず魅了するのだ。

この本の中にも出てくるが、昨年ブームになった興福寺の『阿修羅像』など、正しくそんな感じ。

さぁ、正子と一緒に美少年探しの旅に出よう・・・?

両性具有の美
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佐々木譲著『警官の血』は、ミステリーとしてはいまいち盛り上がりに欠ける気がするが、時代の雰囲気、特に戦後間もない下町の情景や、安保闘争の頃の学生たちの高揚ぶりは、心に残った。

まるで祖父や老父母から体験談を聞かされているような時代の匂いを感じるが、それが昭和の終わり以降になると、途端に匂いが消えてしまう。

ウミガメ私が下巻を読んでいて、どうも気分が乗らなかったのはそのせいもあるだろう。

現在は時代の匂いを感じられないのか、それとも「無臭」が今の時代の「匂い」なのか?

さて、この物語の重要なモチーフに『同性愛』がある。

初代警察官清二は、戦後の上野公園などでそんな人たちと関わっている。
上野公園がいわゆる「ハッテン場」だったのだろう。

確か三島由紀夫著『禁色』でも同性愛者である主人公が、上野公園あたりで自分と同類を見つけ、ぎょっとするシーンがあった。

そして、戦後そのような性癖を持つ人が多かった理由に『戦争』がある。

そう言えば昔、テレビを見ていて新宿のおかまバーのママの話を聞いた事がある。
そのママは、太平洋戦争で徴兵された時、兵舎で同性愛に目覚め、それからは毎日ウハウハ、バラ色の人生だったという(確かに周りは若い男ばかりだし)

その味が忘れられず、今でも「また戦争起きないかな、わくわく」と願っていると語っていたが、『警官の血』における「同性愛」のきっかけはそんな笑い話どころではない、悲惨な体験が男たちを一変させたのだ。

また多くの同性愛者は、おかまバーのママと違って、その性癖を恥じ、隠していたと思われ、それがこの物語でも悲劇を呼んだのだ。

現在はカミングアウトする人も増え、中にはアイドルやカリスマタレントがいて、彼らは時代の寵児となっている。

そういった「同性愛」に対する変化や理解も描いてほしかったなぁ、と、直木賞作家に向かって偉そうに語ったりしてみる。

禁色 (新潮文庫)
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佐々木譲著『警官の血』下巻を読み終えた。

実は途中まで、この作品、読みあぐねていたと言うか、やや退屈だったのだ。

それは物語があまりに淡々と進んでいくのと、主人公たちのキャラの希薄さ、何を考えているのかわからない存在感の薄さからだ。

上巻の時、「果たして2代目警察官、民雄は、夢だった駐在所勤務になれるだろうか!?」などと書いていたが、下巻の冒頭、いきなり彼は駐在所勤務に就いている。

それから彼は殉職するまでの7年間、忠実に勤務をこなす。
精神的にも安定し、家族との関係も回復してきた。

まさに順風満帆な人生だ。

だから尚更民雄が、父の死の真相を執拗に調べているのに違和感を感じるのだ。

彼の父親は殉職ではないが、さりとて不名誉な死という訳でもない。

その動機の希薄さは3代目、和也にも通じる。

あまり父と良い関係を築いてなかった彼が、名門大学を出ながらノンキャリアの警察官になった理由も希薄だし、その後の彼の行動もずい分淡々としている。

和也はその血筋を買われ、若いころの父とは真逆の任務を言い渡されるのだが、彼は、かつての父と違って思い悩む様子もなく、粛々とその任務をこなしていく。その様は、時に冷血人間のようだ。

だがラスト、祖父と父の死の真相を知った時、和也は彼らの呪縛から解放される。それと共に、淡々としていたかに思えた物語に、一気に温かい血が流れるのを感じる。

ああ、これが『警官の血』なのか・・・・。

正義感と要領の良さと、温かさを兼ね備えた警察官、安城和也の誕生である。

警官の血〈下〉 (新潮文庫)
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佐々木譲著『警官の血 上巻』の中で、初代の安城清二は、二つの迷宮入りした殺人事件を、ひそかに調べていた。

一つは不忍池で殺された若い男娼、もう一つは谷中の墓地で殺されていた16歳の国鉄組合員。

調べているうち、彼らには共通点があるのに清二は気づいた。
まずどちらも警察と接触していた様子がある事。そして二人とも色白の美青年(美少年)だったこと。
う〜ん、アンタッチャブルな匂いがぷんぷんするぞ〜。

さて、長男の民雄は高校卒業後、憧れの父の背中を追って、警察学校に入学する。彼の夢は父と同じような駐在所勤務の制服警官になる事だ。

ところがある日、公安部の課長が民雄の前にやってきて、彼に北海道大学を受験するよう命じる。

公安は彼の資質を見抜き、過激派の潜入捜査官として抜擢したのだ。

そのシーンに私は思わず、大好きな香港映画『インファナル・アフェア(無間地獄)』を思い出した。

その映画は、警察学校の生徒であった主人公のヤンが、その優秀さを買われ、潜入捜査官として10年間ヤクザの世界に身を置く物語だ。

しかし、いくら香港映画でも生徒をいきなり潜入させて10年間も働かせるなんて、乱暴過ぎー、設定に無理あり過ぎーと思ったものだが、まさか民雄が同じような目にあうなんて。

彼は命令に従い表向きは北大の学生として、過激派の行動に目を光らせるようになる。

だが民雄は苦しんでいた。新左翼の活動家の多くは真面目で誠実で、倫理観のある人たちだったから。

ノンポリ学生の方が、世の中をシニカルに見ている人が多い。親の金で贅沢をしながら路上生活者たちを嘲笑しバカにしている。

それに比べると活動家たちは、少なくとも貧しい人弱い人に対して優しく暖かだった。戦争を憎み貧困や不平等に対して鋭敏だ。

その感じ私も分かる気がする。

私は子供のころリアルタイムで、よど号事件や浅間山荘事件、テルアビブ空港乱射事件など見聞きしているので、過激派の連中に対する嫌悪感は強い。

しかし、色々調べてみると、例えば重信房子や浅間山荘でリンチ死した遠山美枝子など、工場で働きながら夜間大学に通い、良い世の中にして子供たちに残したいと願っていたという。

素晴らしい世の中にしたいと願った彼らが、なぜ結果的にお互い殺しあうようになってしまったのか・・・・。

ちと脱線したが、とにかく活動家たちは純情で誠実な人が多かった。

自分を信頼している彼らを騙している事が心の重荷になる。だが彼は悩みながらも忠実に潜入活動を続けた。

民雄は事あるごとに潜入を解いてくれるよう頼んだが、北大卒業時の昭和47年当時、赤軍派の活動は活発で、北大出身で、表向き逮捕歴のある民雄は、貴重な存在だったのだ。

結局7年間潜入を続けた彼は、解かれた時にはもう神経がぼろぼろだった。

自分のアイデンティティが分からない。不安神経症で診療科の治療が必要だった。常に人の視線が気になり、物音に怯える。

そんな状態で駐在所の警察官になれるはずもない。書類仕事ばかりでイライラは募る。

とうとう彼は家で暴力を振るうようになる。そして子供の前で妻を殴って怪我をさせるのだ。

何ということだろう。地元民に信頼される駐在所の警察官になるのが夢だったのに、今の自分は家族からも軽蔑や憐みの目で見られている。

そんな彼にある日、亡父の同僚からある情報が入ってきた。

父が二つの殺人事件を追っていたという事実を民雄は初めて知る。

彼は父の死の真相を知る事が出来るだろうか。そして夢に見た駐在所勤務は叶うのか・・・・・・続く(未定)

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以前から気になっていた佐々木譲著『警官の血 上巻』を、文庫版が出たのを機会に読んでみた。

この著者の、地に足のついた、かつエンターティメント性に溢れた警察小説は大好きだ。

007物語は、親・子・孫三代と警察官を務めた3人の男の生き様と、彼らの目から見える戦後の日本、時代とともに変わっていくもの、変わらないもの、いわば定点観測による近代日本史とも言えようか。

さてまず初代、昭和23年、帝銀事件が世間を驚かせていた頃、東京に住む結婚したばかりの安城清二は警察官を志す。理由は身も蓋もない話だが、食べていくため。

このあたりの描写がうまい。日本全体が貧しかった頃の、新婚夫婦の慎ましやかな暮らしぶり、食糧不足のため、やつれていても健気にお互いを思いやる夫婦の姿に心が染みる。

やがて、誠実で人情味あふれた彼は任務に精勤し、仕事仲間や地元の人からも慕われるようになる。

闇市、浮浪者、戦災孤児、愚連隊、女娼、男娼、ヒロポン中毒etc・・・。
警察の仕事は多岐に渡り、激務であった。

ちなみに戦後の混乱期のこの時期、警視庁の全警察官には拳銃が支給されている、S&W45口径、重さは本体だけで千二百グラム。
常に携帯が義務づけられ、必要とあれば躊躇なく撃てと何度も通達されているのが今と違って興味深い。

そして昭和32年、35歳になった時、清二は念願であった駐在所勤務になるが、3ヶ月後、駐在所の近くの天王寺五重塔が炎上した夜、現場からふいと消え、早朝国鉄の線路で死体となって発見される。

実は彼は、お宮入りしたある殺人事件の犯人を追っていたのだが、それを知る者はいない。

五重塔炎上のさい、持ち場を離れていたことから、殉職と認められず警察葬ともならず、残された妻と二人の幼い男の子は、その後貧しい生活を余儀なくされる。

亡き父の同僚たちの援助によって高校を卒業した長男民雄は、同じ警察官を目指す。幼い時から父の制服の背中を見て育った彼は、地元の人々から慕われている姿に憧れていたのだ。できれば同じ、駐在所勤務を望んでいた。
それともう一つ、父の死の真相、ろくに調査もされず、「事故死」とされた父の死について知りたかった。

昭和42年、警視庁警察学校に入る民雄だが、彼には父以上に過酷な人生が待ち受けていたのだ・・・・・。続く。

警官の血〈上〉 (新潮文庫)
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結局、先月まともに読んだ本は、一冊だけだった、反省反省。

吉村昭著『アメリカ彦蔵』。

読み終わった後、何とも言えない哀しみ、孤独感がつのった。

1837年、播磨の国に生まれた彦太郎(のちの彦蔵)は、13歳の時、漂流民としてアメリカに渡り、学問を身につけ、3人のアメリカ大統領と謁見し(そのうち1人はリンカーン)日本人として初めてアメリカ市民権を得る。

流暢な英語で日本、アメリカの橋渡しに重要な役割を果たし、また日本で初めて新聞を発行している。

そんな経済的にも社会的にも恵まれた人生を送りながらも、彼には常に孤独感が付きまとっていた。

元々彦蔵は身内の縁が薄く、幼くして実父を、13歳で母を亡くしている。

初めて水夫として乗り込んだ船が難破し、アメリカ船に助けられるが、当時日本は鎖国政策をとっており、日本の入港はままならず、そのままアメリカのサンフランシスコに渡る。

多くの親切なアメリカ人によって彼は恵まれた生活と高い学問を身につけるが、やはり日本への郷愁は止みがたい。

日本が開国した時を機会に彼は帰国を決心するのだが、彦蔵がすでにキリスト教の洗礼を受けていたのがネックになった。当時の日本はキリスト教はまだ禁制で、無事入国するには、帰化したアメリカ人としての方が万事うまくいくのだ。

9年ぶりに帰化アメリカ人として日本に戻った彼は横浜で通訳として働くが、当時は維新前で攘夷の風が吹きまくっていた。多くの外国人やその通訳が、攘夷の武士から命を狙われている。

身の危険を感じた彦蔵は、一旦アメリカに戻るが、そこも今は南北戦争のさ中で人々の心はささくれ立ち、産業も落ち込んでおり仕事もない。

自分の知っている親切で暖かいアメリカはそこにはない。

失望した彼は再び日本行の船に乗る。どこに行っても自分の居場所はないのだ。

故郷の村に戻っても、そこは自分の夢見た故郷ではなかった。みすぼらしい村で、貧しい人々はぼろをまとい、彦蔵を好奇の目で見ている。アメリカで超一流の生活も垣間見ている彼には耐えられない。

思うに、彦蔵は高いコミュニケーション能力を持っていたのだろう。だからアメリカでも日本でも多くの有力者の援助や協力を得、日米の橋渡しをし、幕末期に大きな功績を残した。

だが、彼の孤独感、自分が根なし草のような寂しさは終生いだいていたのではないか。

彦蔵は61歳の時、胸痛に襲われそのまま還らぬ人となる。

晩年、彼は洋服を排し、着物を着て正座をして過ごし、毎日習字に励んでいたという。

アメリカ彦蔵 (新潮文庫)
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車谷長吉氏の『赤目四十八瀧心中未遂』を読み終わった。
今だに胸のドキドキが止まらない。

すごい小説を書く人だ、車谷長吉って。

読みながら思わず身悶えしてしまった。
特に後半、主人公、生島与一とアヤちゃんの手に手をとっての道行には、先に映画でみて結末は分かっているのにも関わらず、切なさで胸がいっぱいになる。

この人の文章がまた独特で、散りばめられた古風な言葉や言い回しの、なんと美しいこと。
「置文」、「接吻」、「辻姫」そして「まぐわい」・・・・・。

そして彼の住むアパートの住人たちの、たまらない、うらぶれっぷりには、この世の果てを思わせ、わらわらと湧いて出てくる異形の人たちの姿や生活は時に幻想的で、ガルシア=マルケスの世界を彷彿させる。

車谷長吉氏は、最後の私小説作家と呼ばれているそうだが、私には「私小説」の定義がよく、分からない。

とにかく生島与一=作者なのだろう。

社会に馴染むことができず、会社を辞め人間関係から逃げ、流れ流れてきた尼崎の、ブリキの雨樋が錆びついた街。
そこで日がな一日、病死した鳥や牛の臓物を串に打って口に糊している。

だが彼は、この街からも拒否される。所詮アマちゃんのインテリなのだ。
チンピラも娼婦も焼鳥屋の女将さんも、そこは敏感に感じ取っている。

しかし、この世界から逃げたいアヤちゃんは、生島に「連れて逃げて」という。

ああ、彼がもっと行動力と甲斐性があったら、二人幸せに暮らしていただろうに。
いや、どぶのお粥をすすってきたようなアヤちゃんとインテリの彼では、結局上手くいかなかったかも・・・・。

そして失意のうち、この無能の青年は、やがて希有な小説家になるのだ。

赤目四十八瀧心中未遂
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ここ最近、伊坂幸太郎ものが続いているので、ちょっと気分を変えて、重厚で地に足のついたものをと思い、(決して伊坂幸太郎が軽佻浮薄という訳ではないが、まぁバランスをとるということで)、横山秀夫の『臨場』と『半落ち』を読んでみた。

まず『臨場』。面白かった!。
八つの物語からなる短編集で、刑事や新聞記者、婦警など、それぞれ立場の違う人たちが事件を担当あるいは遭遇する。

そしていずれの事件も、1人の検視官が見事に解決に導いてくれる、その男が『生涯検視官』の異名を持つ捜査一課の検視官・倉石義男だ。

あえて倉石の周りの人物を主人公におき、客観的に彼を描くことで、より強烈に「カリスマ検視官」の姿を浮き上がらせている。

とにかく倉石の仕事ぶりは凄い、どんな瑣末な事も見逃さない。そしてカッコイイ。

歯に衣着せぬ言動と自分を曲げない態度から、上司からは疎んぜられ、出世コースから外れてはいるが、長年の鑑識から得た鋭い洞察力と豊富な知識、そして何より人の心の機微を知り、人の痛みを理解する、深い人間性を持っている。

あまりのスーパーマンぶりに「出来すぎだろ!!」と突っ込みつつも、そのカッコよさ、そして人情の厚さに惚れ惚れしてしまった。

そして『半落ち』。

以前かなり話題にもなった作品なので、期待して読んでみたのだが・・・

内容は、現職警察官・梶が、アルツハイマーを患う妻を絞殺し自首してきた。
殺人も動機も素直に明かしたが、殺害から自首するまで2日間の行動だけはなぜか頑なに語ろうとしない。
その2日間に何があったのか・・・・・。

物語は、刑事、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官というさまざまな立場の人たちの目線で、梶・元警察官と彼の事件を描いている。
その点『臨場』と似ているが、それぞれの男たちが、組織や世間、上司や同僚、ライバル、家族といった複雑な人間関係を背負いながら、時には自分を曲げ、葛藤し悩みながらも、自分の仕事を成し遂げていく姿には胸が熱くなった。

ただ・・・肝心の梶という男。中心人物のこの男の影が薄いというか、あまりに善人すぎて、心の奥がよく読めないのだ。

この作品は映画やドラマ化もされているので、多少のネタばれは良いと思うが、彼は7年前、急性骨髄性白血病で1人息子を亡くしている。そして今回の妻のアルツハイマー発症。そして妻に請われての嘱託殺人。

その苦しみは察するに余りあるが、殺人後、梶は新宿歌舞伎町へ、ある人物に会いにいっている。

私にはその行動が、あまりにきれい事過ぎるようでならない。

私が梶の立場だったら、その、ある人物の胸元をつかみ『息子も死んで、妻も俺が殺してしまった。なのになぜおまえは生きているんだ!?』と、管を巻くかもしれない。(見当違いとは重々承知しているが)

そんな訳で、『半落ち』は個人的に多少疑問が残ったが、どちらも読み応えがあった。そしていずれも加齢臭がした。

それは不愉快な匂いではない。頼りがいのある、そして懐かしい匂いだ。

臨場 (光文社文庫)
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半落ち (講談社文庫)
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伊坂幸太郎氏のデビュー作『オーデュボンの祈り』を読む。

仙台に住んでいる主人公の男は、コンビニ強盗に失敗し警察に追われ、気がつくと見知らぬ島にいた。
そこは江戸末期より外界から遮断されている島で、不思議な人々が住んでいる。

会話ができ未来が分かるカカシ、嘘しか言わない画家、殺人を許可されている男、太り過ぎて動けなくなり、市場で寝起きしているウサギという名の女性などなど。

そして、ある日、カカシが殺された。未来が分かるカカシは自分の死をなぜ阻止できなかったのか・・・・・?

『不思議の国のアリス』的世界が展開される中、「僕」という一人称の科白、寓話的でシュールな世界、不思議な浮遊感・・・。

これって、村上春樹の世界に似てる・・・・。

とは言っても、村上作品を多く読んでいる訳ではないので、確かな事は言えないが、漂う空気感は同じだ。

うう、どうしよう、実は村上春樹って苦手なのよね。

途中下車しようかなと迷う気持ちを振り切って読み進んでいくと、今度はかなりえげつない男が出てくる。

伊坂作品にはよくこの「鬼畜」、忌まわしい殺人鬼やレイプ犯などが出てくるが、今回の男は特に酷い。

何だかムカついてきて、敵前逃亡しようかな、と思いながらも、歯をくいしばりながら(ちと大げさだが)前進を続ける。そして・・・。

ラストは爽やかなものだった、読んで良かった。

シュールな世界に最初は違和感があったが、だんだん現実の生々しい世界と溶け合っていくあたりは、著者の筆致力のすごさだろう。

「名探偵」がその役割を捨て、祈り始めた時、物語は進み出すのだ。

後の作品に比べると、ミステリーっぽくないが、会話のあちこちに著者の生き方、考え方が反映され、名刺代わりの1枚、強い思いが溢れたデビュー作だと思う。

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊坂幸太郎著『終末のフール』を読んだ。

これは「8年後に小惑星が衝突し地球は滅亡する!」、そう予告されてから5年後、仙台市内の、とある住宅地を舞台にした物語だ。

「地球が破滅する!」と知らされた時の大パニックや暴力、殺りくなども今は治まり、一見、平穏を取り戻したかに見える街で、残り3年をどう生きるべきか模索する人たちの日常を追ったものだ。

ふと昔似たような本を読んだことがある、と思った。

新井素子氏の『ひとめあなたに・・・』だ。

素子氏のほうは、「一週間後に巨大な隕石が地球に衝突する」という極限状態の中で、東京から鎌倉まで、歩いて恋人に会いに行く女の子と、旅の途中に出会う、ゆっくり狂っていく女たちの物語だ。

『ひとめあなたに・・・』の登場人物たちはエキセントリックだが、たくましく強い。自分の意志をしっかり持っている。あと一週間という覚悟があるせいか。

それに比べ『終末のフール』は、滅亡を知ってからもう5年、そして余命あと3年という、まことに微妙な、ある意味ヘビの生殺し状態だ。

暴力や襲撃が行われた後の殺伐とした街で、25歳で自殺した息子を思い遣る老夫婦、突然の命の誕生に戸惑う夫、死ぬ前に父の蔵書をすべて読み、そして恋愛したいと思う女の子、等々、さまざまな人間模様が描かれている。

中には、この地球絶滅に幸せを感じている人もいて、理由を知るとそれはそれで切ない。

私が共感したのは、天体おたく、二ノ宮の話だ。
星に夢中な彼は、3年後、小惑星が自分の目で間近に見られることに心から喜んでいる。

私は天体の事はさっぱい分からないが、地球滅亡の瞬間をこの目で見たい、体験したいという気持ちがある。
できることなら、この物語の世界に入りたいぐらいだ。
そして余命3年の間、天体の事、小惑星の事など研究して、地球最後の日に立ち合いたいと思う。

もちろん、それは自分が今平和でニュートラルな状態だから思うので、実際、地球が滅びると聞いたら、みっともない位取り乱すかもしれないが・・・。

そして、地球最期の日をブログに残したら(まあネット使える状況ではないと思うが)、何千年後か何万年後か、誰かが見てくれるだろうか?

終末のフール (集英社文庫)
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ひとめあなたに… (角川文庫)
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