マイケル・ジャクソンの全生涯を徹底調査した日記風ドキュメント
『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』を読んだ。
これは彼の人生を、時系列にそって、いつ、どこで何をしたかを淡々と追ったものだ。
偏見や同情や誇張もなく、ひたすら事実だけを書き連ねたこの本、つまり1958年8月29日、黒人家庭の7番目の子としてアメリカインディアナ州ゲイリーで生れた彼が、2009年7月7日の追悼式で、11歳の娘パリスから『これだけは言いたいです。お父さんは私たちが生れた時から今まで、ずっと最高の父親でした・・・パパ、愛してる』というはなむけのスピーチを受けるまでの50年をつづったものだ。
読み進むうちにその多忙さに驚かされる。新聞の社会欄によく「首相の日々」が載っているが、あれが40年以上続いたようなものだ。
幼いころから働きづくめ、世界中でライブを行い、毎日のように有名人に会い、毎日マスコミに追いかけられ、多くのファンに会い、世界中の子供たちの施設を訪問し続けたパフォーマー。
また巨額の契約を交わし、優秀な人材を雇い、一方解雇も辞さないという、冷徹なビジネスマンの顔も見せる。
後半ごろから、訴訟、裁判、検察という文字がやたら出てくるのがアメリカらしいというか、この本自体が、ひとつのアメリカ近代史のようだ。
そして、マイケルと私は同世代のせいか、思わぬ共通点に気がつく。
例えば、マイケルは1963年、幼稚園で、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の中の「すべての山に登れ」を歌い大喝さいを浴びるが、私も幼稚園で「ドレミの歌」を歌っていた(だからどうした・・・)
またマイケルはTV番組の「三バカ大将」が好きだったそうだが、私もその番組が好きで、小学校から帰るとテレビで見ていた。
そんな訳で、マイケルの行動を時系列で追いながら、「ああ、この頃は私は何してたかなぁ」と過去をぼんやりと振り返るのが楽しみとなった。キング・オブ・ポップの行動と自分のを比べるなんて、不毛以外の何物でもないのだが・・・。
さて2005年の裁判で、無罪判決を受けて3ヶ月後、その舌の根も乾かぬうちに(この表現間違ってます)、マイケルは、ハリケーン「カトリーナ」の被災者のチャリティーをすると発表したが挫折。
そりゃ当然だろう、例の裁判費用は、莫大だったろうし、または彼の側近が「マイケルはん、いい加減にしなはれや」と進言したのかも。
事実をつづっただけだから、なおさら想像力を掻き立てられる。
マイケルに余計な修飾語は必要ないのだ。
マイケル・ジャクソン全記録 1958-2009
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